思い出すおでんの味がある。
大学時代、一年半付き合った元彼(M君とする)と何ヶ月か同棲をしていた。
田舎の大学で2人とも一人暮らしとなれば、特にやることもないので自然とどちらかの家に泊まり込む回数が増えていく。そして相手の家に置いていく服の量も増え、どちらが何を言うこともなくいつの間にか同棲をしているという、インスタ映えなんてしない生活感にまみれたストーリーがそこにあった。
同棲は最初の方は楽しくて良かったのだが、少し広めのワンルームに2人で暮らすということに、私が息苦しさを覚えてしまったのと、彼がまあまあ依存体質で「俺とサークル、どっちが大事なの!?」というメンヘラのテンプレを言うような男だったので、お別れすることになった。彼も青かったし、私も青かった。これはそんな日々の一部である。
彼からのトークテーマでたわいもない会話をしていた。
「友達が変態である」という内容で、しかもその変態も「週7でオナニーをしている」程度のものだった。
コイツの変態のモノサシどうなってんだよと思いながら、「ふーん」と返した。彼はゲスな下ネタで溢れる深夜ラジオを聞かないような人だった。テラスハウスを真面目に見て泣く人だった。とはいえ、そういう彼の、使い古された状況でありふれた言葉を簡単に使ってしまう底知れた軽薄さも、なんやかんやで嫌いではなかった。
そのままの会話の流れでなんとなく私は「M君も結構するの?」と聞いてみた。すると、耳を疑う言葉が帰ってきた。
「おれ?おれオナニーしたことない!」
「ふーん」と返しながらも、はてなマークが頭上に浮かぶ。今コイツ、オナニーしたことないって言った?
19の男が?
そんなわけなくない?
いや、性に対する意欲があまりにもなくてもさ、そんなわけはなくない?
別にM君のオナニーの頻度に興味はマジでない。なんなら「ちょ、彼氏に何聞いてんの〜コラコラ〜!」程度の安いツッコミを期待していたのにも関わらず、M君はしたことがないと言い張った。
はーんコイツさては彼女にいいカッコしようとしてるな。と察しつつ、「オナニーをしない男がカッコイイってどういうことなんだよ」とやっぱり違和感を拭いきれない。
私が何も言わず、納得しきれない顔をしていると、Mくんは弁明を重ねた。
「いや、何回か挑戦してみたけどやり方が分かんなくて・・・出なかった!」
なんだコイツ。
誰に向けて今見栄を張っているんだ?
出なかった!じゃないんだよ。唐突にショタになるな。調べろやり方。お前ん家インターネット通ってないのか。
バレバレの嘘を堂々とつく意図が全く分からなかったが、そこまで引き伸ばす必要も無いかと思い、その話題はそこで終わった。
後日、彼の家で1人でレポートをしようとしていた。自分のパソコンが壊れてしまったため彼にパソコンを借りる許可をとり、彼のパソコンを開けた時だった。
彼のパソコンには消そうとしていたのか堂々と履歴画面が出しっぱなしになっていた。
そこの1番上にある文字が私の脳内に直接飛び込んできた。
おっぱい学園!集まれ!ぷるるん先生
そこには彼が見たであろうAVのタイトルがあった。
見とるがな。
ゴリッゴリにAV見てオナニーしてますがな。
自分の中でフツフツと感情が沸き立つ気配がしていた。別に嘘をついていたことも、オナニーをしていたことも何の問題もない。
すりゃええ。誰も禁じとらん。存分にせぇ。
ただ私はド貧乳だった。
彼がヤマザキ春のパン祭りでシールを集めてもらったミッフィーの少しだけ膨らみのある皿が2枚ついている程度のパイである。
ミッフィーパイの彼女の前で、「オナニーしたことがない」と嘘をつき、ぷるるん先生のおっぱいを楽しんでいたのだ。ぷるるん先生のぷるるんがぷるるんしたのを楽しんでいたのだ。
お前はその学園で、一体何を学んだんだ。
嘘をつくことが、本当に愛なのか?
私はミッフィーパイ先生として、人としての優しさを教えるために、LINEで「パソコンありがとね」と送り、ぷるるん先生のページを開いたまま家を出た。
家に帰るとM君は謝りはしなかったが、「おかえり」と恥ずかしそうに笑って言った。キッチンからは彼が作ったおでんの匂いがした。
私は何も言わずミッフィーのお皿2つ分、おでんを盛り付けて傷の入った小さな机に運んだ。