また1つ歳をとった。
社会人となり、20代も折り返しとなる誕生日に学生の時のような盛り上がりや感慨はない。
もうすっかり大人なのだ。
大人としていつも通りの一日を過ごす準備は整っていた。
前日。私、こと大人の女はいつも通り8時間睡眠をきっちりとるために21時半に就寝する。0時に年齢が変わるが、そんなことより明日健やかに過ごすための睡眠が大事だ。
5時半。目を覚ましイソイソと準備をして母親に「トリックアート」と言われる顔面塗装を仕事用に軽くしてラジオを聞きながら出勤。
7時半。職場について菓子パンをモリモリ食べる。何の気なしにスマホをチラ見する。待受画面にデカデカと1人表示される時間くん。
なんでもない一日を示す。
10時。そこそこ忙しい一日だ。やっと席に座る。
高校の時、お菓子を持ってきてはいけませんというルールがあった。しかしみんな、なんなかんやカバンの中にマイフェイバリット菓子をもっていた。誰かの誕生日になると、持っていたお菓子の箱に即席でメッセージを書き、先生に見つからないように渡していた。ただのお菓子箱に数行簡単なメッセージが書いてあるのが、なんだか嬉しくて、なかなか捨てられなかったのを覚えている。
来る途中、コンビニで買ったチョコレートをつまみながら、そんなことを思い出す。
13時。いつも通りヤフーのエンタメニュースのコメント欄の悪質さを眺めながら黙々と昼食を食べる。
14時。今日は全体研修で自分の担当がある。用意してきた資料を説明したら、外部から来た偉い人にチクチク指摘をされ、小声でへらへら言い訳をしながら乗切るという素敵なイベントだった。他の人は30分くらいなのに私には1時間くらい持ち時間があった。なんてすてき!
15時。鋭い針で弱い所をチクチクされ続け、穴だらけになった。
何の気なしにスマホを見る。家族からLINEが来ている。友達から全然連絡がないのは仕方がないと割り切る。みんな大人だし、社会人だし、こんなものだ。なんなら私も友達の誕生日忘れてLINE送らんし。
それよりだ。
最近スマホデビューしたばあちゃんからのメッセージである。
誤字がひとつもない。歴史的快挙である。
何ヶ月か前のLINEのやりとりを見るとその成長は歴然だ。間違いなく進歩している。
知らん偉い人に蜂の巣にされている孫を横目に、成長し続ける祖母がいる。逆に自信をなくすような気がする。
17時。今日はまだやることが多い。紅茶をいれてチョコをつまむ。
家に帰っても特になにも予定はない。ひとりでに生まれる予定などない、
18歳の誕生日、仲の良い友達がサプライズで私の好きな先生たちからメッセージカードを集めてコルクボードに貼ってプレゼントしてくれた。人生でしてもらった中で1番大きなサプライズだった。
切り絵が得意な生物の先生が、表からは触覚のみ見えて裏返すとゴキブリが現れるメッセージカードを自作してたのは単純に最悪だなと思った。
いつもカッコつけてる数学の先生が、「Limit一年夢∞(無限大)にせぇよ!」と書いていたのはマジで恥ずかしいなコイツと思った。
夢を無限大に叶えてるかどうかの自信はないが、歳を重ねて大人になっていると思う。
さっきジメッと先輩に怒られたけども。
階段で一段踏み外して思い切り尻を打ったけども。
大丈夫だ、私は大人だから・・・
大人はこんなことでめげないから・・・
18時。来週のために色々やっておくことがあるので、帰れない。
というか、帰ったらさっき怒られた先輩に「あ、帰るんだ、へー」というジメッとした目線を受ける気がするので、帰れない気がする。
自販機で1回何か買いに行こう。そう思って部屋を出ようとした。
「あ、お疲れ様です。」
違う部署にいる同期だった。お疲れ様ですと挨拶をして通り過ぎようとすると、同期が思い出したように声をかけた。
「ピリきゅうさん、今日誕生日じゃないですか?おめでとうございます!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バレた〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????
いや〜〜〜〜誕生日じゃない顔してたんだけどね〜〜〜〜〜〜〜?????
バレないようにしようと思ってたんだけどね〜〜〜〜???
いや〜〜〜〜
バレちゃったら仕方ないよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????!
「あ、そうなんですよーへへっ」と返した私に、同期はLINEのタイムラインで見たんですよ〜と続ける。今日初めて現実で誕生日を指摘された。すごいぞLINE。よくやったLINE。
「いいですね〜誕生日ってことはなんか予定あったりするんですかー?」
なんもな〜〜〜い!
なんもないよ〜〜〜〜〜〜〜へへっ
心の中ではテンポよく返事を返す私がいるが、現実には誕生日を指摘された照れくささで「へへっいやぁ・・・」と煮え切らない返事をする私しかいない。
私は何の気なしにチラッと部屋にいる先輩を見る。こちらの様子は気にしてないかのごとくパソコンを見ている。
私は同期のさらなる言葉を待っている。
「じゃ、おつかれさまでーす」
・・・・・・・・・・・・えっ!
ちょ、ちょっと〜!!!!!!
同期〜〜〜!!!
もっとでかい声で、誕生日って言ってよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!
皆に聞こえるようにさぁ〜〜!!!
この人今日誕生日で〜〜〜す!!!!!って指させよ〜〜〜〜〜!!!!!
『おっ!あいつ誕生日なんか!』って皆に思わせてよー!!!!
『じゃあ今日研修でボロボロだったのも許されるし、印刷機壊してたのも許されるな』って奴らに思わせてよ〜〜〜〜!!!!
おーーーーーい!!!!!
同期ーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!
こんにちはーー!!!!!!!!
誕生日の人でーーーーす!!!!!!!!!!
だれか〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「お・・・おつかれさまでぇ〜す・・・」
20時。
でかい駐車場に車を停め、職場の冷凍庫からコッソリ盗んできたハーゲンダッツを食べる。
「うめっ」
20代折り返しても社会人何年目になっても私は全然大人ではない。涼しい顔して一日を過ごしてもずっとちょっとソワソワしている。
でも、なんやかんや夜になって連絡をくれる友達はずっとずっと温かい。
ハーゲンダッツは冷凍庫から出して、しばらく車で連れ出したくらいの溶け加減がちょうどとても美味しかった。
次職場に行ったら新しいハーゲンダッツを買って入れておこう。
大人としてそう思った。