リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

OLの正しい所作と人間讃歌

「どうする?この状況…」

崖っぷちに追い込まれる
6時間前。

私はトマトジュースを飲んでいた。

実家を出て暮らし始めて、やや2ヶ月が経過している。転勤先での仕事もようやく慣れてきた。実家にいる時は、働きながら自炊するなんて、自分にできるなんて思ってもみなかったけど、意外にもやってみればできた。
ほぼ毎日自炊をしている。

久しぶりに会った友人に、「トマトジュースを毎朝飲むと美容にいい」と勧められ、最近では毎朝トマトジュースを飲むようになった。

大学時代、一切自炊をせず、バイト先のまかないのラーメンだけを食べて過ごしていたあの頃が懐かしい。
「丁寧な暮らしなんてクソ喰らえ」という反骨精神が今でもないわけではない。でも結局は一番精神的に安定するのが、コレなんだろうなと思ったりする。

飲み切ったあとのコップを水に漬けてから家を出た。



追い込まれる3時間前。

仕事は楽しい。
が、忙しい。

ここでは、残業が当たり前と言われている。皆がどこか誇らしげに「昨日はまた同じメンバーで残っちゃいましたね」と話す。
まだ転勤して間もないので、人間関係も築けてないのもあって、そういう雰囲気がすごく性にあわないので、なんとかして帰りの残業を1時間程度にいつもおさめている。
そのためには人よりも早く動き、一分一秒も無駄にしてはならない。
トイレに行くのも惜しい程。



追い込まれる1時間前。

社食の弁当を購入。
今週は火水木と弁当を作ったが、金曜日はさすがに気が緩んで作れなかった。
頑張った自分へのご褒美として、「カツとチャーハン」というデブが考えた組み合わせをチョイスした。

食べようと思ったら仕事の電話がかかってきて対応をした。その後もなんやかんやあって、カツチャーハンを10分で食さないといけなくなってしまった。

次のやることがあるので、急いでかきこむ。食べながら、すでに少し胃もたれがしている。
まかないラーメンを深夜に食べても平気だった頃から、いつの間にか7年の月日が経っていた。
あんなに美味しそうに見えたカツチャーハンが、今では憎い。



追い込まれるまで30分前

カツチャーハンをなんとか食べ終わったので、仕事をしている。なんか腹の調子がよくないとは思う。
立って人とやりとりをしながら、バレないだろと思い、さりげなく放屁をする。
オッ今のはアツい放屁でしたね。と内心ヒヤヒヤする。
放屁は生理現象だ。
人にバレないように涼しい顔をしてするのがOLの正しい所作なのである。



少し時間が経って、
アレ?
さっきの、大丈夫だったか?と言う気になる。

まあ、まさかね、ちょっとアツい感じはしたけどね。そんなまさかね。

平常心のまま、デスクに戻る。



追い込まれる5分前。
何気なくスマホTwitterが目に入る。

「パンツが食い込まねえ女なんている?いねぇよなあ!!!!!」

仲の良い友達が、常時パンツが食いこんでるマイキーになっていた。
仲の良い友達同士しかフォローしていない非公開のアカウントで「パンツが食い込むか食い込まないか」の論争をしているらしい。マイキーももう少し生産性のあるやりとりをしている。

「どういうこと??考えられない、なんで食い込まないの?」

Twitterの中で、パンツマイキーが頭を抱えていた。仕事中にそんなことをしている余裕はないのだけど、いつの間にか返信をしていた。

『わたしはお尻に安心感ほしくて、デカいパンツばっか履くんだけど、だから食い込まないのかもしれない……』

パンツ食い込む食い込まない論争に、パンツのサイズの問題を提案した。パンツマイキーはオシャレなので、恐らくテロテロした素材のちっちぇーパンティーを好んで履いている。
そして食い込まない派に躍り出ていたメンバーが全員デカいパンツを好んで履くタイプの女たちだった。
これは恐らく正解だ。論争に終止符を打ったことを確信し、ニヤついた。

すると、パンツマイキーからすぐ返信が返ってきた。

「いや、おしりが食い込まなくても、前の穴に吸い込まれていくんじゃん??」

なんだコイツ。
コイツだけ別時空でパンツ履いてる?

この論争はまだ長引きそうだなと思いながら、スマホを片手にトイレに行った。






うんこを漏らしていた。

座って思わず「ひっ」と声が出た。

最悪の景色が広がっていた。
タイミングはおそらく、あの放屁。
なんかいつもよりアツかったなと思ったあの放屁は、どうやらマジで激アツだったらしい。

幸いにも、被害はパンツのみで、ズボンへの被害が一切なかった。

そして冒頭に戻る。


「どうする?この状況……」

崖っぷちに立たされている。
このピンチ、どう乗り切る。




14:00

ノーパンでトイレから出る。
上司に1時間有休をもらうことを告げる。
忙しくて昼飯を食べる時間もなかったことを察している上司は疑うことなくOKを出す。


14:05

パソコンで有休のシステムを入力する。
隣のオッサンが、「最近カロナールって痛み止めを飲んでるんだけど、カロナールって痛みがかろーなるって意味かな!?ハハハ!!!」と笑いかけてくる。
何がおもろいねんと思いながら、「そういう安直なネーミングセンス、薬には多いですよね」と返す。うんこを漏らした女とは思えない軽やかな雑談をし、ノーパンのまま「ちょっと出てきます」と告げて部屋を出る。


14:10

車に乗り込んで、パンツマイキーに『このやりとりしてたからか知らんけど、うんこ漏らしたからパンツ買ってくるわ』とリプを送る。

パンツが食い込む食い込まないの論争ができるフェーズにいないのは確かだ。だって今ノーパンだし。



14:30

近くに大型ショッピングモールがあったので来た。GUでパンツを買う。「そういえば女子用のボクサーパンツが流行ってた頃は、休憩時間にパンツが食い込む!とみんな騒いでたような気がする」と思い出しながら、いつもと同じデカめのサイズを購入する。

トイレでパンツを履く。
なんという安心感。
変質者って大変。

念の為1階にあった薬局で、衣服用消臭スプレーを購入し、ズボンに吹きかける。


14:50
職場で上司に戻ったことを報告する。
オッサンが別の人間に「カロナールって痛みがかろーなるってことかなあ!?」と話をしているのが目に入る。いつまでその話してんだ、そんなに色んな人間にするほどの話じゃないだろ、と思いながら途中までだった作業を再開する。

仕事に戻る。
涼しい顔をして、仕事をこなす。談笑をする。

何事も無かったかのように、定時を迎え、1時間残業して帰った。


完全犯罪である。
これこそがOLの正しい所作だ。
どんなことがあっても焦らず、爽やかに、美しく対応する。
あの場にいた誰もわたしがうんこを漏らしただなんて思っていない。
見たか!!この身のこなし!!!
フハハハハ!!!道を開けぇい!!!!キャリアウーマンのお通りじゃい!!!!!!!!!





カシュ……
缶ビールを開ける音が虚しく鳴る。

「また漏らしたん!?!??いい加減ケツの穴の筋肉を鍛えろ!!!!!」

夕方、パンツマイキーから返信が来た。

そう。
“また”なのである。

私はよくうんこを漏らしている。
3年前、高校の友人の結婚式に行って、楽しすぎて4次会まで行ってたら朝うんこを漏らした。
一昨年は休日出勤でトイレが間に合わずうんこを漏らしてノーパンで帰った。

そして今日やってしまった。
一応念のため言っておくが、おしりの穴を排泄以外の目的で使ったことは一回もない。
が、使ったことがある人の頻度で漏らしている気がする。
快楽は知らない。ただうんこを漏らしている。
こんな惨めなことがあるだろうか。


今年で29歳になる。
毎朝トマトジュースを飲んでるのが、なんなんだろう。
どんだけ丁寧な暮らししてても、美意識高く行動しても、1回うんこ漏らしたら全部帳消しじゃないか。

枯れた笑いが出ながら、Twitterを開いて「今日職場でうんこ漏らしたけど、誰にもバレずに平然と処理までやりこなしてしまった。脱糞に慣れすぎている」とツイートをした。

缶ビールを飲み終わる頃、リプが返ってきた。
友人の眞さんだった。
短歌をやっていたり、noteでブログを書いていたり、言葉を紡ぐのがうまい一方で、突飛なことを急にやったり、道化師のような振る舞いをする。
かと思えば、かなり根が暗く、ヒッソリと誰もいない所で落ち込んでいるような人だ。

そんな眞さんから「おれまじで生きてていい心地になるや」とリプをもらった。

眞さんらしい不思議な文体だったが、私のクソエピソードを聞いての感想であることは理解できた。

職場でうんこ漏らすような奴もいる、その事実が誰かを少し勇気づけるのかもしれない。

丁寧にも生きたい。
トマトジュースも飲みたい。
うんこを漏らすのはたぶんこれが最後じゃないと思う。
全部ひっくるめて私だと思う。
今日一日が私という人間そのものなんだと思った。


そのあと来た眞さんからの「人間讃歌のうんこ」というリプに、なんて返すか迷いながら、寝た。
人生のテーマだなと、次の日起きて思った。