リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

悲しみの匂いを思い出す行為

「人間は死ぬようにできていて、色んな死に方がある。死は満遍なく散らばっている。」

去年読んだ末井昭さんの「自殺」にそういう一節があった。

最近、親しい人の親類が亡くなった。
前触れのない突然の死だった。親しい人とはこの前たわいもないLINEをしたばかりだった。当たり前だけれど、こんなことになるとは思っていなかっただろう。
悔やみの言葉を伝えながら、葬儀の日程を聞き、今日焼香をあげに行った。

親族として列に立つ親しい人に一礼をして近づく。
気丈に振る舞う瞳の奥が悲しみで揺れていた。何も言わずに肩をさすった。

日頃から人の死を本の中で眺めていても、いつだってリアルの死は悲しい。



私がリアルな「死」を目の当たりにしたのは、4年前にじいちゃんが亡くなった時だった。
私にとって一番身近な死は、今はまだ、じいちゃんの死しかない。だから死を思い浮かべる時出てくるのはじいちゃんの姿だ。

小さい頃から近くに住んでいて一緒にいたじいちゃんがガンを発症し、緩やかに死に向かって行く様子は見ていてとても辛かったのを覚えている。
何度もお見舞いに行ったけど、最期の方は特に辛かった。水を欲しがってるんだけど、医者から口から多く水をとることを禁止されていて、いつも笑顔だったじいちゃんから、「水をくれ」と鬼の形相で言われて、「ごめんね、ごめんね」と謝ることしかできなかった。出来ることなら、もう好きなだけ水をたくさん飲ませてあげたかった。


会場の提案もあり、お葬式の最初、動画を流すことになった。私たちは動画で流す写真をアルバムから選んだ。うちの一族は距離が近く、頻繁に集まっていたので、色んな写真があった。私が小さい頃の写真。いとこが子どもを産んでからの写真。みんなで出かけた写真。一つ一つが思い出が詰まったものばかりで「こんなことあったね」と笑いながら選んだ。

お葬式が始まる前、「お前らはいっぱい泣くだろうから」と3つ上のいとこ(男)が大真面目な顔をして控え室からデカくて白いおしぼりを両腕ににたくさん抱えて持ってきて、叔母から「馬鹿!」と怒られていた。完全に「笑ってはいけない」お葬式だった。悲しみに包まれてはいるけれど、その中には当事者にしか分からないオモシロの瞬間もあって、それは不謹慎でもなんでもないんだよなと思った。

席に座り、おしぼりの思い出し笑いから解放された頃に、動画が始まった。
家では楽しく選んでいた日常の一枚一枚が、荘厳な雰囲気の会場で照らし出され、「楽しかった過去」として強調されているみたいで、悲しさが押し寄せてきた。
涙が溢れ出てた時、いとこの娘(当時3歳ほど)が何かを言っているのに気付いた。

「じぃじ、笑ってるね」

最初はブツブツ言っていて聞こえなかったが、ハッキリと聞こえるようになった。

「楽しかったね」
「また一緒に遊ぼうね」
「じぃじ、悲しいよ」
「なんでなの?どうして?」
「じぃじ」

彼女は、目の前のスクリーンに向かってハッキリと分かる声量で語りかけていた。幼いなりにこの状況を理解した上で、言葉を発しているようだった。


葬式の後、控え室でご飯を食べている時、彼女のこの行為に対していとこたちと姉と私の中で賛否の渦が起こった。
いとこたちと姉は彼女のあの行為が「あまりにわざとらしかった」と苦言を呈していた。
幼い彼女は、ごっこ遊びが好きで、あの状況に対して「曽祖父の死に対して悲しみを抱いている自分」を大人数の前で演じて酔っていたのではないか?ということだった。
私たち4人は、それぞれにじいちゃん子であり、祖父の死に対して悲しみを背負っている。
その中で彼女がした「パフォーマンス」の嘘くささを過敏に感じ取ったのかもしれない。
そして、いつもならば幼さを理由に許容できることが、祖父の死を前に幼い孫に戻っていたあの時は、幼い嘘くささを許せなかったのだと思う。

その中で私ただ一人が「まぁ・・・彼女は彼女なりに悲しさがあったんじゃない?」と幼女をフォローした。


私自身、過剰な悲しみを表現した覚えがあったからだ。


祖父が死んですぐ、身体は祖父の家に帰ってきた。すっかり冷たくなっていて顔色も土のようなのだけれど、紛れもない祖父の姿が家にあってとても嬉しかった。遺体に対して「怖い」という感情はひとつも無く、そばにいると安心感や温かささえあった。
その祖父は、缶ビールを手に陽気に話しかけてくる祖父でも、水を鬼の形相で欲しがる祖父でもなかった。物言わぬ祖父と無言で対話をするのは妙に楽しかった。祖父が家に帰ってきてから、私はほとんど傍を離れることはなかった。

その後の式に向けて遺体は棺に入れられた。私は涙が止まらなかった。その場で一番泣いているのは私だった。「なんで私からじいちゃんをとるんだ」と思った。棺に入れられてからも、しばらく頬から手を離さなかった。

遺体が棺に入り、車に乗せられていく時、
私は足をもたつかせながら追いかけた。
「じいちゃんじいちゃん」とずっと名前を呼んでいた。「行かないで」とも口にした。
他の誰も私のようではなかった。私の様子を静かに見ていた。
車に入った途端、祖父はもう自分の手には届かないと思った。
その場に座り込んで泣き崩れてしまった。

誰も私のそばに駆け寄ることはなかった。


あの時の自分を思い返すと、あれは祖父への愛着ではなく、「物言わぬ祖父という何か」に対する執着だったように思う。また、意図的に悲しみを抑えようとせず、全部出し切ろうとしていたのもあったかもしれない。

「行かないで」と泣きながら座り込むなんて、わかり易すぎる悲しみの表現じゃないか。
でも、あの時の私はそれがどうしても抑えられなかった。取り繕うができなかった。
それが少し気持ち良かった。

3歳がやった悲しみのパフォーマンスと当時23歳の過剰な悲しみの体現が、今でも私の中のリアルな「死」として思い起こされる。


目の前で気丈に振舞おうとする、親しい人は、まさに今リアルな死と対面している。
取り繕えなさと戦っている。

私にはどうすることもできないけれど、私なりに、リアルな死の感触を思い出して、戦うあなたに寄り添いたいなと思っている。
肩をさする私の手が、あなたに向ける私の目が、やさしい温度を持てるように。


そこらじゅうに散らばる死を、歩いて、歩いて、靴で踏み鳴らすように私たちは生きている。
死や悲しみの匂いを思い出すことは、自発的なものではなくて、いつしか意図的な行為になった。悲しみだけに覆われた時間は思っているより長くは続かない。涙をふくための白くてデカいおしぼりみたいに滑稽で愛おしい瞬間はいっぱいある。
悲しみの匂いを思い出さなくてもよくなったとしても、死は私たちの下に眠っている。きっとやさしい歌を歌っている。そうであると信じている。

酩酊記2021


どうやらまた懲りもせず1年が終わるらしい。2018年の大晦日に酔いながら、酩酊記2018というブログを書いた。大晦日の恒例にしようと思ったものの、私特有の「年の瀬に誰がこんな個人的なものを読むんだよ」という自意識が働いて書けなかった。最近はそういう自意識を捨てて生きて創作をするというのがテーマになりつつある。

 

今年の誕生日にある人から「世界の美しい猫図鑑」という大きな図鑑をもらった。なんで?と聞くと、「最近疲れてるから癒されるかなと思って」と答えられて、笑ってしまった。私の家には2匹猫がいるので、本で猫を見なくても充分猫を味わうことはできるのだけど、私のことを思って、そのくそデカい猫の図鑑を探すためにその人がかけた時間や私に対する想いを想像したらなんだか嬉しかった。

私は、誕生日に猫がモチーフになったものをもらうことがとても多い。自分自身、猫がモチーフになったものを身につけるのは好きなので嬉しい。

これは猫を飼っている人間あるあるだと思うのだが、猫を飼っていると自動的に「猫好き」のイメージが生まれ、最終的には「その人=猫」という方程式が成り立っていく気がする。

だから猫飼ってるというだけで、猫のものをプレゼントするのは多少安直なのかもしれない。猫飼ってても、猫が好きとは限らないもの。

しかし、人を表すイメージの中で、猫が好きというのは、簡単にできるカテゴライズの1つで、そういう分かりやすいものに、人は手を伸ばしたくなるものだよなと思う。

 

 

今年は、「自分」そのものや、「集団の中の自分」について、考えた一年だった。

大人になってから新しい出会いをするのは難しいと思っていた中で、今年は面白い人たちと出会って遊ぶことが出来た。


服屋をしていたり、短歌をしていたり、写真をしていたり、漫画を描いていたり、面白い人たちは総じて、人前で売りにできる「自分」を持っていて、表現する術もユニークで魅力的だなと思った。

何度かその人たちと一緒に遊んで、その度に「自分」に対して自信をなくして、家に帰ってからやり切れなくなって文章を書くということがあった。

あとから共通の友達と話をして「あの集団に居心地の良さは求めない方が良いぞ」と言われて、強く納得した。確かに一度も居心地の良さを感じたことはなかったからだ。

彼らには、面白いけど、どこか危なっかしさもあって、急に一人が笑いながら車道に飛び出しても、「あの時のアレは最高だったな」って笑い合えそうな、露悪的な雰囲気がある。私はその車道に飛び出す1人には絶対になれないんだろうなと思う。

私は彼らと精神的な意味で交わることはないし、ずっと1つと1つであり続けるんだろうと思う。それでも私が彼らのことが好きなのはずっと変わりないのだろう。

 

 

秋に、大学時代一番仲良かった親友と倉敷で遊んだ。

距離が離れてしまったことで、当たり前に会って当たり前に話していた感覚を取り戻すためには、少し時間がかかった気がするけど、それでも私はその子の前で、完全な「自分」になっていた。

たくさん話した後、コーヒーを飲みながら彼女は、「ピリきゅうの漫画を読んでて、本当に面白い人たちばっか出てくるから、なんで私と仲良くしてくれるのか、真面目に分かんなくなる時があるよ」と言った。

瞬時に「なんじゃそれ」と笑った。

彼女の前で、たくさんはしゃいで、早口で面白いことを言おうとして舌を噛んでいた私としては、それはかなりの愚問だった。でも、彼女のこういう自分に自信のない所が私はとても好きなんだよなと改めて思った。

 

「自分」そのものと「集団Aの中の自分」「集団Bの中の自分」「大好きな人といる自分」、当たり前だけどどれも違っていて、どれが本物の自分かなんて結局誰にも分からない。

ただ、何かひとつ自分の中に核を持つために、私は文章を書いていくんだと思う。

たよりない、水の輪郭を描くように。

 

 

「〇〇を動物に喩えるなら」

高校の時、生徒会の部室でそんなたわいもない話題になった。いつも通り何人か「猫を飼っている」という安直な理由で、私を「猫」と喩えた。

そんな中、生徒会長が私を「イルカ」と喩えた。

なぜ彼がイルカと喩えたのか、理由をあまり覚えていないけれど、イルカと喩えられたのは後にも先にもその時だけだったので、よく覚えている。

 

もうなくなったあの空間でイルカのように泳ぐ私と、花壇の花を食べるようなおかしなことをする人たちを笑う私と、居心地よく誰かと眠りにつく私と、全部混ざりあって気持ち良く溶けていくまでの時間を、また、生きていく。

文脈をたどる旅行記


「あのクソジジイ何だったんだろうな」

ピリきゅう、理性、すずめ。
女3人ドライブの最中、日本海沿いを走りながら誰彼ともなくぼやく。
鳥取の漁港で美味すぎる海鮮丼を食べて、すなば珈琲でまったりしたひと時を楽しんでいた時、観光協会を名乗るオジサンが私たちの旅行の予定を根掘り葉掘り聞いてきた。

「きゅうちゃん、ちゃんと答えてたけどあの首からぶら下げてた許可証、実は全部自作であのジジイ私たちの個人情報盗もうとしてたらどうすんのよ」

ジジイを最初から訝しげに見ていた理性ちゃんは指摘する。理性で倫理観のなさを隠し、人間の形を保っている理性ちゃんは、実はちゃんと頭が良く人一倍冷静に周りを見ている。

確かに謎の観光協会なんて本当にあるのか誰にも証明することはできない。なんにせよ、クソジジイと形容されるに然るべき、とても無愛想な人だった。
どこから来たのか?何キロ走ってきたのか?旅館はどこに泊まる予定か?旅館代はどれくらいか?など色々な尋問にアホの如く素直に答えてしまった手前、今更相手の信用度の低さに不安になってもしょうがないと私は思った。「鳥取まで走ってきたキロ数を女の子に聞いて興奮する性癖の変態だったのかもしれない」とヘラヘラボケた。

「アイツ、本屋はパスって言ったんよな」

すずめちゃんはムスっとして言った。
鳥を飼っていて何よりもすずめが好きなすずめちゃんは、自分の気持ちをいつも包み隠さず私に伝える。不機嫌そうな横顔は、やはりすずめに似てきたなと私は思う。

旅行予定尋問オジサンが今後の旅行の予定を聞いてきた時、私たちは正直に「有名なある本屋に行ってくる」と答えた。

しかし、オジサンは「いや、本屋とかは別に良くて、観光地は?」と少し嘲笑気味に言った。
私たちは顔を見合せた。
オジサンは、「あーじゃあもういいです」と次の質問にいった。
オジサンは、あくまでも観光地に対する需要の情報を集めることのみに執着してたらしい。広島からわざわざ本屋を目的に鳥取まで来たことを掘り下げない思慮の浅さや、「本屋」そのものを下に見るような態度に、不快感を覚えた。


クソジジイがクソジジイであった所以はこれくらいでいいと端に置いとくとして、私たちは本屋に行く以外に特に予定はなかった。むしろ、鳥取に行くことに決めたのはこの本屋があったからだった。



定有堂書店
街の個人店の本屋がどんどん潰れていく昨今。鳥取にあるこの本屋は、とても有名で本好きが集まってくる。

古き良き外観の商店街の中に、その本屋はあった。
文脈やテーマを意識した本棚は、出版社順ではなく考え込まれた並びで本が並んでいた。
店内をぐるりと1周すると、何度も同じ本と目が合う。選んで欲しい本は何度も目につくところに置いてあり、買う本を選んでいるだけで、店長と会話をしてる気分になる。
定期的に発行しているフリーペーパーは64号まで出ている。店長のエッセイや、鳥取で働く様々な人の文章が並ぶ。
レジ前には「今月の読書会図書」と書かれた哲学書が置いてあり、この店を通じて、人の交流が広がっていることが、ありありと想像された。


呼吸を荒くしながら6000円近く本を買い、店を出て深呼吸をしたら、すずめちゃんと目が合った。すずめちゃんは「眩暈がする」とうなだれていた。

車に戻り、すずめちゃんと定有堂の話を30分ほどした。街の本屋をテーマに大学の卒論を書いたすずめちゃんは、ずっと来たかったこの本屋を前にして、色んな想いが込み上げたようだった。
私は私で、本業が少し本屋に関連している部分があるため、熱を入れて感想を話した。
そして、30分ほど話して「教養が欲しい」と嘆いて終わった。私たちにはまだあの本屋と会話するだけの体力がなかったようだった。

後部座席に座っていた本をあまり読まない理性ちゃんは、ずっと黙って話を聞いていた。話は変わり、通り過ぎたつけ麺屋の話になり、すずめちゃんが「あそこの麺、固くて太いよね」って言った瞬間に「それってちんぽのこと?」とすごい勢いで言ってきた理性ちゃん。久しぶりに口を開いた彼女は身を乗り出していた。




その後の予定も脈絡もない私たち。

・荒れる日本海を見て「生理中の心」とぼやくすずめちゃん。
・どう見ても下ろせないキャッシュコーナーで金を下ろそうとしている無知すぎる私を横目に、「最近私はきゅうちゃんに何かを期待するのはやめた」と話すすずめちゃん。
・旅館の受付のインターホンを鳴らすと、バカデカい音楽とともに申し訳なさそうに小走りで出てくる、小室圭に似ている若旦那。
・瓶ビールを盛大にこぼして2人からちゃんと冷たい目で見られるピリきゅう
・自分が部屋の鍵を忘れているのに、鍵がないことを全員の責任だと勘違いしてヘラヘラして、ちゃんと怒られるピリきゅう。
・朝なんの準備も始めないピリきゅうと理性ちゃんを見て、「2人が何も言わなくても朝ごはん前にちゃんと化粧をして出かける支度がテキパキできる人間だったら、たぶん私すごく疲れてたから、改めてクソでありがとう」と感謝するすずめちゃん。
・すずめちゃんが鏡の前で髪をといてる最中にいきなり鏡の前の立ち位置を奪い化粧を始め、「外来種の立ち振る舞いをしてごめん」と謝る理性ちゃん。
・帰り道、無計画に行ったら最高だった蒜山
・「その辺に駐車しようよ」と言われ、受け取った言葉通りに目の前の道無き意味分からない場所に駐車しようとするピリきゅうを見て、ついに発狂するすずめちゃん。
・一心不乱に鯉に餌をやりながら、「普段もコンビニで食パンを買ってずっと鯉に餌をやってる。8きん」と真顔で話す理性ちゃん。



「私たち、なんの予定も立ててなかったけど、ずっと正解だったな。」
すずめちゃんが帰り際、つぶやく。
「あのクソジジイって本当にクソジジイだったけど、でもクソジジイって言える思い出を作ってくれてあれはあれで良かったのかもしれない。」
理性ちゃんが言う。
「クソジジイって、いつだって言いたいもんな」
私が同意する。


文脈のある本屋だけを目標に始まった、脈絡のない旅が終わりを告げる。
私たちの生活もずっと未定が続いてく。
曲がるはずのなかった道を曲がり、笑ったり疲れたり、怒られたりする。

理性ちゃんを家まで送り終わった後、すずめちゃんを駅まで送る道中、「ずっと人と一緒にいると、別れた後反動で寂しくて泣いちゃうんだよな」と私が漏らすと、すずめちゃんはポカンと私を見た。
「共感しないんかよ」と私が言うと、「うん、別に」とすずめちゃんは言う。
「だって、やっと一人だなと思う。一人は一人で良いから」とすずめちゃんは笑っている。

また思ってもみない返しがくる。
脈絡がないように見えて、それは、線の遥か遠くで私たちの人生を小さく変えていく。

思うように定まらない私たちの日々をずっと「大丈夫」と形容したい。

生活の色に正解なんてあるか

生活は日々色を変えて、

最近は仕事で頭の中が一杯になることが多い。
朝起きて立ち上がって歯磨きをするだけの労力が湧きあがらないぐらい、ギリギリで生きてるのにも関わらず、毎日出勤してることを褒めて欲しい。
それどころか、今年に入ってからは当たり前のように休みの日にも職場に出かけている。褒めへの期待値がカンストしている。

私の職種は色で言うと「黒」と揶揄されることが多い。残業は当たり前だし、疲弊に対して給料が割に合わないと声を上げる同業者も多い。(私は給料に関しては特に気にしてない)
言わずもがな私も毎日残業はしてるのだが、人と同じくらい残業をしても、金曜日仕事が片付いていないことが多い。

私だけ仕事量が多い訳はない、ということは私の要領の悪さが確実に影響しているのだろう。しらんがなと言わせていただく。

職場は家から1時間近くかかるので土曜日も車でスタコラ運転してく。聞かなきゃいけないラジオは無数にあるので長時間運転するのは苦痛ではない。むしろ、ラジオを聞くついでに休日まで職場に行ってやっている。

パソコンに電源を付けると「土日もセキュリティ対策に気をつけろ!!!」と警告がデカデカと表示される。唐突に怖いのでやめて欲しい。ジジイが作ったクソデカフォントで緊張を煽らないでほしい。

昼食は人が誰もいないのを良いことに、激辛と書いてあるカップラーメンにお湯を注ぎ、部屋に臭いを充満させながら啜る。
パソコン仕事が終わったので、大量の印刷物に手をかけることにする。
プリンターを目の前に流れゆく紙の束を眺めていたら、少しの便意を感じていた。


「いや、まあね」

何がいや、まあねなのかは分からないけど、そう思っていた。
人は少しの便意を前にすると、挑戦心を抱いてしまう生き物だ。いや、ごめん知らん、私だけかもしれない。

「とりあえず、ここまで、ここまで印刷したい」

私の手には次にコピーしたい原本があった。どうせトイレに行くくらいなら、次の原本をセットしてから行きたい。

「そうだ、だって」

要領の悪さが招いて休日まで仕事をしに来ているのだ。

私より歳が一つ下の後輩は、私のように休日まで働きに来てはいない。
仕事量はそんなに違うことも無い。
「疲れましたね」と笑ってはいるが、いつも綺麗に服を着て座っている。私はついこの間も買ったばかりの服の袖に、麻婆丼の汁をこぼした。
初めて出来た後輩だったけど、先輩らしいことが出来たことはほとんどないと思う。ただヘラヘラと「早く帰りなよ〜」と帰宅を促すことしかできない。仕事があるから帰ってないことくらい分かっている。早く帰れるように、その子の分の仕事を受け取る余裕なんて、私には無い。

次の印刷をセットしてからトイレに向かいたい。こういう所から無駄のない動きをすることが大事なんじゃないか。そういうことの繰り返しなんじゃないか、働くって。
生活の色はくすんでいるけど、意思は赤く燃えていて、私にだって向上心がある。
意思は蒙古タンメンくらい赤い。さっき食った蒙古タンメン。さっきの蒙古タンメンめちゃくちゃ辛かったな。そういえば去年の年末、酔っ払ってラーメンを食った後に、腹を下して漏らした気が











漏らした。



なんなん?

一人で休日に職場に来てやり残した仕事して、ウンコ漏らすて。
人間がやること?社畜の犬漫画の世界?
社畜の犬漫画、バズる気配がしない。

脱糞、去年の年末に福岡のホテルでウンコ漏らして以来だ。
ウンコを漏らすペースが、アナルを開発してる人のソレだ。
こんな頻度でウンコ漏らすの、未知の快感を味わってないと人生の採算合わないだろ。まだ20代なのに。



「まだ我慢できる」とヨーコの話だけは信じるなと、胸に誓った。
もうなんか何もかもどうでも良くなったので、仕事置いてノーパンで運転して帰った。
ノーパンで聞く三四郎のラジオはいつもより面白かった。




家に帰って酒を飲んでると、元彼からLINEがきた。トーク履歴を遡ると、前回のLINEが来てから半年が経過していた。その前も半年前。半年周期で内容のないLINEを送ってくるのでそういう周期なんだと思う。

元彼に対して何の感情もないが、そこそこ精神が弱い人だったので、知らないところで死なれたら夢見が悪いという理由のみで連絡先を消さないでいる。私のこういう中途半端な態度も良くはないと承知はしている。
ただ、ウンコを漏らしてしまった手前、人間としての存在意義を見失いかけていたので、このタイミングの連絡に心の中で少しだけ感謝をしていた。

「きゅうさんはキャリアウーマンしてそうだよね、俺と違って」

なんの話の流れだか、彼がそう言った。
私の中の何かの線が切れて、それ以降は返信をしなかった。



生活は日々色を変えて。今月末に27になる。
私はかなり脳天気なので、たぶんこれまでもこれからも大丈夫です。
でももう少し目の前が鮮やかだといいな。
ちょっと他人事みたいに願った。

お前の自虐を人に笑わせるな

ピリきゅうのお悩み相談部屋 vol.3150

「オジサンの自虐ジョークをどうしたらいいか」

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ピリきゅうさんこんにちは!ピリきゅうと申します。いつも楽しく見させていただいてます。


最近の悩みなのですが、職場の上司がしてくる自虐ジョークにどうしていいのか分かりません。

具体的に言うと、薄毛の上司が自分のハゲで笑いを取ろうとしてくるのです。


上司をAとします。

Aさんのエピソードをいくつか話します。


私がプレゼン資料について「これ綺麗ですね」と同僚と会話をしている時でした。

Aさんは、自分の頭を撫でながら「いや〜それほどでも」と近づいてきます。最初はなんのことか分かりませんでしたが、Aさんがずっと自分の頭を撫でながら照れてるフリをしてるのでボケの意味を理解しました。


「いや、綺麗なのはプレゼン資料の構成であって、お前の閑散とした枯れ山みたいな頭ではないわーーーーい!」

と突っ込んだら良かったのでしょうか。私と同僚は枯れ木のように乾いた笑いを差し出すしか出来ませんでした。


このようにAさんは全然関係ないのに、自分のハゲを武器に会話に参加してくるのです。

またこの前、こんなこともありました。

職場の研修会の時、私はAさんと別の上司Bさんの間に座っていました。

付箋に自分の意見を書いて交流をするという時間でした。私は自分の持っていた付箋がなかったので、Aさんに「すいません紙ありますか?」と聞きました。


Aさんは自分の頭を撫でながら「すいません、髪はないです・・・」と申し訳なさそうに言ってきました。


やってしまったーーー!!!!!と思いました。Aさんにとって抜群のパスを私は回してしまったのです。私はAさんに愛想笑いをかましながら、右隣にいたBさんの方を向きました。

 

するとAさんは

「申し訳ないですが・・・そっちの髪もないです」

と言ってきました。

よく見るとBさんもかなりハゲてました。

私はいつの間にかハゲの包囲網にハマっていたのです。


Bさんも少し得意気に自分の頭を撫でていました。なんで嬉しそうなんだ!!他人のハゲまで使ってボケてるんだぞ!!!

なんで皆そんな自分のハゲで笑いをとるのが好きなんだ!!!!!


いやいや枯れ木も山のにぎわいじゃないんだから!!ハゲが集まって賑わうな!!自らの運命にシュンとしろ!!!!」


とツッコめたら良かったのでしょうか。

私はもう顔を赤くして下を向くしか出来ませんでした。


長くなってしまい、申し訳ありません。

このような上司の自虐ジョークって一体どうしたらいいんですかね?

教えてください。

相談者:悩める貧乳ピリきゅうちゃん(20代OL女性)

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ピリきゅうちゃんさん、相談ありがとうございました。

無責任かもしれませんが、結構楽しそうな職場だなと思ってしまいました。

ピリきゅうさんも相談してる割に、実は結構職場のこと嫌いじゃないのではないかと思います。


それはさておき、今回の話、私は「コンプレックスハラスメント」と呼んでいます。本当にそういう言葉があるのかはマジで知りません。すぐ検索しないでください。


年齢を重ねていくうえで、変化をしていくということは人にとってある種の恐怖だと思います。自分にとって当たり前だったはずの何かが変わっていくこと、それが老いていくということです。


今回のAさんに関してはそれが薄毛なのだと思います。

今では自らの薄毛を武器にコミュニケーションを円滑に取ろうとするAさんですが、老いに対して反発した時期は少なからずあったろうと思います。

薄毛への対策にお金を注ぎ込んだ日や、枕に残る抜け毛に涙した日もあったと思います。


そしていつの日か、薄毛を自分のアイデンティティとして許容した日があったことでしょう。その日がAさんにとっての人生のターニングポイントです。

自身のコンプレックスは、笑いに変えられると気づいたのです。


人生においてしんどいことや辛いことがあった時は、笑ってしまうのが一番です。

かなり変な形に頭髪が残っていることは、悲しいけど面白いです。

今日食べた昼ごはんも、さっき書きかけたメールも忘れてしまうのは、悲しいけど面白いです。

人生には悲しいとも面白いともとれる現象がかなりたくさんあります。そうなった時、「悲しい」を「面白い」と捉えてしまう方が、人生が豊かになることは間違いないでしょう。

Aさんはコンプレックスに対して、きっとこういう視点の切り替えが出来たのだと思います。


さて、ここからが問題です。

先程私が提言した「ハラスメント」とは、ざっくり言うと相手を不快にさせるという意味です。


この視点の切り替えを、“相手に強要するか否か”が、コンプレックスハラスメントになるかならないかの違いだと思います。


Aさんは「ハゲは悲しいけど面白い」という視点の切り替えに成功し、それが最高の爆オモロコンテンツだと思って、他者にもそれを楽しんでもらおうとしています。

ただし、ピリきゅうさんの中では視点の切り替えがAさんほど追いついておらず、「ハゲは悲しい」という認識のままなので、その認識のズレによって、笑うに笑えない状況が産まれてしまっているのです。


人はコンプレックスを自虐をすることで救われようとしています。全ての苦しみを笑いに変えたいとおもっています。

その行為を否定することは誰にもできません。

ただ、コンプレックスを笑うことを他人にまで強要すると、相手を困らせてしまうことがあります。

 

自分のコンプレックスを笑え。

それを武器にする時は、状況とバランスを考えろ。

難しいけど、こういうことだと思います。

 


さて、偉そうに言いましたが、私は自分の貧乳がコンプレックスです。

最後に私が飲み会等で今までにやってきたコンプレックスハラスメントを紹介して終わりにしましょう。

 

・貧乳の友人たちと揃って「チーム背中」という地獄のグループを作り、ネーミングセンスをほかの友人に自慢げに話す

・ナイトブラで谷間ができたことが嬉しオモロくて、何人かの女友達に写メを送り、気を遣わせる

・コンパニオン時代に「巨乳の子指定の宴会でサブチーフとして呼ばれた」というのを激オモロエピソードだと思って語っている

・コンパニオン時代に「胸と胸の間に小銭を入れるオッパイ賽銭」を強要されたが、問答無用でジャラジャラと落ちていった小銭を見て、家内安全を願ったことを、激オモロエピソードだと思って語っている。

・友人たちに「逆に私に胸があったらお前ら私とこんなに仲良くなってないだろ」と極論を言い始める

「うん」と言われる

 


くたばれ!!!!!!!!!!!!!!!


自分を笑ったり、自分で笑わせたりしながら、楽しくこの世を生きようね!

歪んでいても続く日々に笑みを

鏡の前で化粧をしながら母とたわいもない会話をしていた時、鏡に映った自分の顔を見て「うわあ!」と言ってしまった。そこには片側に口角を上げて不自然に笑う女がいた。

お世辞にも綺麗とは言えない歯並びをしている。歯並びもそうだし歯の形も八重歯があったり、全体的に口を開くとギザギザしている。
歯並びが不自然な噛み合わせを生み、自分にとって使いやすい方の歯にばかり重労働を課すばかりに、片方の表情筋のみが発達したのかそれとも顔の骨格自体が洒落にならんくらい歪んでいるのか、年々私の笑みは歪んでいっている。

人の印象は外見でおおよそ決まるなんて言うが、歪んだ笑みを浮かべる私を見て、何人かが私の人間性の歪み具合を推定したりするんだろうか。



「今、なんか笑ってなかった?」

人の多い喫茶店で友人が私をジトッとした目で見ていた。

私はというと、その時自分が笑っているだなんて思っていなかったから、「笑ってないよ」と素直にいった。
でも思い返すと、笑っていたのかもしれないと思った。

その友人とは13時に待ち合わせをしていて、時間通りに行くと「ごめん今バタバタしてるから15分後に来て!」とメッセージが来た。本当はもう家の前まで車を乗りつけてたのだが、そのことは言わず、「はいよ〜」とニョロニョロにありったけの呑気さを詰める。
その後「やっぱり30分後」と返信が来て、近くで暇を潰していた私は一度家に帰った。

その後「ごめん、実は今家に警察が来てるからだいぶ後になる」と連絡が来た。

その子の家が大変な状況にあるという話は聞いていた。今日も約束の時間間際に、家のトラブルが原因になって警察が来るほどの騒ぎが起きていたらしい。
これに関しては詳述は避けるのだが、その大トラブルにはその子自身にも要因があるらしかったので、「友達と約束してる時に警察沙汰の事件を起こすなよ」と思った。

私が笑ったらしかったのは、やっと喫茶店で落ち合えた後、その子から警察沙汰の事の顛末を聞いている最中だった。

「笑ってないよ」と言った時には明確に笑っていた。私はどうしていいかわからないとヘラヘラ笑う。

するとその子は、「いやお前は笑っていたし、お前はこういう時にこういう状況を笑ってくる女だよ」と言った。

それは別に嫌味ではなく、幼なじみである理解者からの分析だった。
そしてそれに関しては私も納得した。




どうしようもない状況に出くわした時、笑わざるを得ないことがある。感情の分類ができないまま、表情を通して外に出た時、笑いになっていることが多い。
でも、申し訳ないけど、私は本気で面白いとも思っている。

アル中の気があった元彼が、私と別れてからアル中を悪化させて、私の次に付き合った女の部屋でおしっこを撒き散らしているらしいという話を聞いた時、私は爆笑していた。
本気で面白いと思った。悪い笑いだと思う。
幼馴染が警察沙汰のトラブルを起こして約束に遅れてくることも本気で面白いと思っている。悪い笑いだと思う。

でも、ここで「笑い」という感情を選択するのは自由だと思っている。
私たちはギャンブルに失敗して自己破産して笑っていいし、酒に溺れて川に落ちて風邪をひいて笑っていい。それが本当に「笑い」に分類される感情じゃなかったとしても、心は後からついてくる時もある。




「でもありがとう!話聞いてくれてスッキリしたわ」

と笑う友人に「そりゃよかった」と返す私の笑顔は、片側に歪んでいる。

欠けたり歪んだりしている私たちに、平等に、明日はまっすぐやってくる。

君は気づけるか、この謎に

友人の結婚式があった。

高校から仲良くしている女友達だ。この時勢のこともあり、開催にあたって色んな不安や悩みも聞いていた。
重い扉が開かれた時、ふりきった笑顔で純白のドレスを着ているのを見て、「こんなに綺麗なことはないな」と嬉しかった。

良い式だった。
友人のスピーチは、格式ばったものではなく、2人のことを詩的にたとえた素晴らしいものだった。
酒好きな新郎新婦らしく、美味しい日本酒がテーブルに置かれ、その全てが美味しかった。
退場はネバヤンの「明るい未来」が流れ、新郎側の友人たちがアドリブで合唱しながら2人を見送り、そのあまりの温かさに泣いてしまった。
今この2人は心から祝福されてるんだなと実感し、こぼれる涙も温かかった。

終始、感染症対策に気を配りつつ、二次会も進んでいった。ユニークな人たちに囲まれ、私もお酒が進み、マスクの下はいつも笑顔でいた。外に飲みに出ることがほとんどなくなった最近の中で、一番楽しい食事だったように思う。

楽しい時間を過ごし、〆はラーメンを食べてホテルに戻った。普段は〆のラーメンなんて食べないけど、気持ちが大きくなっていたので、スルスルと麺が胃に入っていった。

睡眠はとても快適だった。程よくお酒も入り、溶けるように眠りについた。

 

朝、ウンコを漏らし、風呂に入って帰りの支度。もう家に帰るんだなと思うと、楽しかった昨日を思い出し、少し寂しくなる。


帰りがけに駅前で、有名店のタピオカミルクティーを頼み、それを飲みながら電車に乗った。

飲む配分を間違え、カップの底に溜まったタピオカを眺め、「私もこんな風に、取り残されないようにしないとな」とつまらない独り言を呟き、家に帰ったのだった。

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわかりいただけたであろうか………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆話の解像度をあげてみよう!☆

 

 


夜も更けてくると、段々人も帰り始め、より仲の良い人間のみが残るようになってくる。

 

新郎側の友人たちはとても面白い人達だった。

誰かの最低なスケベな話をしたかと思えば、一瞬のノリで大喜利を始めて、あと何ミリかズレるとただの下品で身内ノリの集まりに見える所を、センスでただの下品に見せない、独特の面白さがあった。

 

私は他人のセックスの話と、倫理観のない話がとにかく好きなのでずっと笑っていた。

 

隣にいた男が、「この前さ、」と話し始める。

「この前呼んだデリヘル嬢から騎乗位をした時に母乳が出て、『ラッキー!』って思ったんだけど、よく聞いたらその子鬱病の薬を飲んでるらしくて、その影響で乳首から汁が出るらしく、俺は母乳と見せかけた鬱汁を飲まされたのかもしれない。」

 

何の話?
さすがに何の話すぎて、どう感想を言ったらいいのか分からない。
母乳だったとして、知らんデリヘル嬢の母乳を嬉々として飲むな。

 

「ピリきゅうちゃんはさ、なんかこういう面白い話ないの?」

 

なぜかその後の順番が私に回ってくる。
なんでだよ。デリヘル嬢の乳首から鬱汁が出てくる以上に面白い話なんてこの世にないだろ。

でも、どこかで「コイツらに負けたくない」という気持ちもあった。

 

ここは戦場だ。
人の結婚式の後で、最悪な話を披露し合い、どれだけ最悪かで勝ち負けが決まる。
女だからという理由でこの場から逃げ、笑ってるだけの観客に徹したくはない。

私は日々、露悪的なものと向き合っているという自負があった。
この世は目を背けたくなるものの方が絶対に面白い。明るい光が当たるところではなく、路地裏でジメジメとした所に生えているキノコに旨味を感じて生きていたい。


人間の嫌な部分や、いやらしい部分、そういう部分から目を背けずに、ドロドロとした感情を創作にしていきたい。

このブログもそういう想いでやっている。

絶対に負けられない戦いがココにはある。

見てろお前ら!!!!!
ここで今!!!!!!!!!!
私も最悪な話をしてやる!!!!!

 

 


私はヘラヘラとしながら、「そんな面白い話は持ってないわ〜ごめん」と逃げた。
心の中では、空の引き出しを全てあけ、座り込む私が居た。

乳首から鬱汁が出るデリヘル嬢に、私は負けたのだ。

 

6時間後、起きたらウンコを漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわかりいただけたであろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


なんで?

ウンコは漏らさなくてよくない?

 

 


2020年、ブログ読み返したら、年明けで血尿出して、年末にウンコ漏らしてました。


お前は酒を金輪際飲むな。

 

2021年も素敵な1年になりそうです。
来年もピリきゅうをよろしくお願いします!