リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

小説の神様はそんな旅行記を書かない

「許された気になるなよ」
京都のご飯屋に並びながら、すずめちゃんが私に言った。

私の数少ない友人随一のしっかり者のすずめちゃんは、細かいことによく気が回る分、無計画で大ざっぱな私によく振り回されている。
今回の城崎旅行も、1週間前に思いつきで京都の大人気米屋に行きたいと言い出してしまい、どうにか行ける方法を見つけようとしてくれてメチャクチャ苦労をかけた。冷静な理性ちゃんが「どう考えても無理では?」と言ってくれたことで、無茶な予定を組むことはなくなり、理性ちゃんはすずめちゃんにとても感謝をされていた。
すずめちゃんはいつも一緒に遊んでいる分、こういう私の無計画さにいつも困らされているので、そろそろ縁を切られるんじゃないかと思っているけど、「お前には何も期待してない」と言いながら、いつも会ってくれるので、本当に感謝をしている。

「人間が小さすぎる」
理性ちゃんは私の話を聞いて大口を開けて笑っている。

理性ちゃんは優しくてなんでも笑ってくれるので、私はたくさん話をしてしまう。「どデカい勤務先に移ったタイミングで結婚して、そんなによく知らない人達から大量に御祝儀をもらいたい」という話をしたら、「どんだけみみっちいんだよ」と笑ってくれた。結構本気でそう思ってたけど、笑ってもらえるんだったらそれはそれでよかったなと思った。

旅行前にたくさん無計画カスムーブをして、2人に対して申し訳なさを感じていた私は、2人に会えて正直に怒られたり、笑われたりして、居心地の良さを感じて安心をしていた。

高校からの長い付き合いで、嫌な部分もたくさん知られてるのに、ずっと仲良くしてくれていることに、純粋な嬉しさと共に少し「なぜなんだろう」という気持ちもあったりする。

今回はそんな2人と、城崎温泉へ旅行に来た。

カニやら、アワビの踊り食いやら、牛ステーキやら信じられないくらい豪華な食をたくさん食べた。
多すぎて食べても食べても終わらない、というぜいたくな悩みに私たちが苦しんでる中、異様に食べるのが早いすずめちゃんは、最後の米とみそ汁に手をつけながら、「日本酒を飲んだら酔いが完全に冷めた、水が入ってる?」と訝しげに言っていた。
細い体で全部残さず平らげたすずめちゃんの頬はアルコールで少し赤かった。

夕飯を食べて風呂に入った後は、各々が好きなことをしながら好きなだけぼーっとしてから眠りについた。


朝起きて、すずめちゃんと朝風呂に行くことにした。理性ちゃんは「ババアなので5時に起きてもう風呂入ったから二人で行ってきて」と私たちを見送った。
前回の旅で圧巻の寝起きの悪さと準備の遅さを見せていた理性ちゃんの、まさかの早起きに「帳尻を合わせようとするなよ」とすずめちゃんが陰で悪態をついていて面白かった。

二人で風呂に向かうと、脱衣所には数名の宿泊客がいた。私は「先入ってて」とすずめちゃんに告げて、トイレなどの用を済ませに行った。
大浴場に入ると、すずめちゃん以外に一人の女性がいた。すずめちゃんはこっちを見て何かを言いたげで、妙な空気感が漂っていた。

女性が浴室を出てしばらくしてから、すずめちゃんが私に話しかけた。

「今さあ、きゅうちゃんが来る前にあの女の人に『おはようございます』って話しかけられたんよ。」

今は朝7時。同じ旅館に泊まったという縁を感じて、朝の挨拶をしてくれるなんて気持ちいい人もいるもんだと私は思った。

「ええやん」

「うん、まあ私もそれは普通に『おはようございます』って返したんじゃけどさ、その後あの人にな」

すずめちゃんは続けて女の人に言われた強烈な差別発言を教えてくれた。

「いや、朝から思想強すぎんか?と思って」

色々問題があるので詳しくは書けないが、差別的な思想を持った忠告を色々としてきたという話だった。すずめちゃんが面と向かって攻撃をされたわけではなく、あくまでも向こうが善意で忠告をしてきたらしい。すずめちゃんは私が入ってくるまでの数分間、気持ちいい城崎の湯につかりながら、思想の強い人間から、忠告という名の思想の押し売りを受けていたのだ。

差別の内容はまあ本当にしょうもなくて、笑いとして昇華してはいけないものとはわかっていたものの、すずめちゃんからその報告を受けながら、私はシンプルに爆笑してしまっていた。
「この朝の気持ちいい爽やかな空気で、温泉に浸かって、宿泊客から気持ちのいい挨拶を受けた」というフリが、「シンプルに最悪な思想の持主だった」というオチに向かって勢いよく進んでいるのが、信じられないくらい面白かった。

ひとしきり性格の悪い笑いをした後に、「この話は絶対に理性ちゃんにしよう」と誓った。
部屋に帰って理性ちゃんに今あったことを説明したら、理性ちゃんも大声をあげて笑った。なんなら旅行の中で一番笑っていた。涙を流して「あ~最悪な人間がこの世で一番おもしれぇ」と豪傑のように言っていた。


朝食を食べた後部屋に帰ってダラダラしながら色んな話をしていた。
なんの話かは忘れたけど朝から下ネタを言い合い、「高機能な女性器」の話になった。

「いや、高機能だとおかしくない?高性能な女性器の間違いじゃない?」
と誰かが突っ込んだ。

「高機能ま○こだと、中で飯が炊けたりカレーが作れたりしてしまう」
そんな最悪が最悪を重ねたやりとりに私が「いや圧力鍋じゃないんだから」と突っ込んだら、2人からすごい勢いで同時に「上手い!!!!!!」と言ってもらえて、ゲラゲラ3人で笑った。

二人から「上手い」とすごい勢いで認められてすごくうれしかったものの、どこの何がかかって上手かったのかは全くよくわからなかった。
全くよく分からないし、朝からするやり取りとして何もかも間違っていた。高機能でも高性能でもどっちでもいいし、ずっと最悪すぎる。



下品でしょうもなくて倫理観もなくて最悪な笑いを朝からやりながら、「だからずっと一緒にいるのか」と旅行前の少しの不安が解消した気もした。
最悪の差別発言を理性ちゃんは、絶対に笑ってくれると信じていた。私の下品な発言に二人は引かずにノってくれると信じていた。そこには長年の経験で培われた最悪の信頼関係があった。

旅館を出てカニ酒をつつきながら、理性ちゃんと
「何が好きかっていう価値観も大事だけど、何が嫌いかとか、何が人としてアウトかのラインが一緒だと、安心するよね。」と話した。「だから人の悪口って最高だよな」とも言った。

私たちは各々の最悪さを持っていて、数ある最悪のいくつかが嚙み合って一緒にいる。

志賀直哉の「城の崎にて」もこんな話かなと思って、帰りの新幹線で読んだら、全然違う話だったし、「まあ、そりゃあそうか」と思った。