リハビリ人生

変な人間と日常の記録

ない。

乳がない。

今日言いたいことはこれにて終了です。お疲れさまでした。打ち上げは駅前の和民で予約しておきます。幹事の電話番号は090-7171-081×です。「ないないオッパイ」で覚えてください。

いきなり触れづらい自虐を端的にかましたあげく、誰もノってないボケをし続けるとは、どういう魂胆だ無礼者!とお思いのことでしょう。どういう魂胆も何もありません。今日は私が貧乳だというこの悩みのみが続きます。理解した人から一刻も早くブログを閉じて、温かいほうじ茶でも飲んでください。


小6の時、胸の大きい子がいたけれどまだ小学生だしこの時点での成長はこんなもんだろうと思った。
中2の時、まだ牛乳に頼ればなんとかなるだろうと思っていた。
高2の時、内心もうダメだと思う自分を見つけては行って「まだ焦らずとも良い」と言い、
20歳を超えて、「お前は手遅れだから胸以外の長所を探せ」と言った。

様々なことを考えて悶々とする思春期を送る中で、胸の小ささはわりと本当にコンプレックスだった。別にモテたいから巨乳になりたいとか、そういうことを思っていたのではない。「女性という記号」としてのおっぱいという意識があって、それがない自分は女性としておかしいんじゃないかという不安がついて離れなかった。
今思えば、そういう考えこそ差別意識でもあるし、人としての魅力はそこではないと思えるのだけれど、当時の自分にはすごく大事な問題だった。


貧乳にも貧乳同士のコミュニティが存在している。

大学時代に仲良くしていたコミュニティの一部が揃いも揃って貧乳だったので、「チーム背中」とかいう地獄のあだ名で呼びあっていた。俺たち貧乳!いかにオモシロ自虐で世を乗り切るか日々研究中!ヒュウ!


貧乳は妙に群れたがる。仲間を見つけると嬉しくなるのだ。小さいのは自分だけじゃないということに安心し、「実はわたしも小さいんだよネ」なんてことを言ったり言わなかったりする。胸が小さいもの同士にしか分からない話をしてそこそこ盛り上がったりもする。わたしはそんな子が現れるといつも、マラソン大会で「一緒に走ろうね〜」って言われてたのに走り出したら置いていかれる裏切られの代表例えを思い出す。

なぜって?
決まってるじゃないか。

私より胸があるからだよ。

お前がこの貧乳ロードを一緒に走ろう言うたんちゃうんけ!!なのになんだなんだその谷間は!!谷間があるやないかい!!谷間のたの字もなく果てしなく広がり続けるこの平野貧乳ロードを走ってるのは結局私ただひとりかーーい!!!この!!この!!
カントリーロ〜〜〜ド!!この道ずっと〜〜〜!!!ゆけば〜〜〜!!!!!!!

 


そんな私のコンパニオン時代の貧乳悲しいエピソードを羅列して終わりにします。

 

①胸がないのが鉄板ネタ

胸が小さいことを指摘した人は100パーセント「俺が揉んだら大きくなる」と主張してくる。やかましいわ死にさらせ。

 

②「オッパイが大きい子指定の宴会」に呼ばれたことがある。

しかも2名中1人が私。オッパイ大きい子を呼んだはずなのに50%の確率でド貧乳が回ってくる客の気持ちを答えよ。

 

③服と胸の間に小銭を入れるというオッパイ賽銭を強要されたことがある。

問答無用でジャラジャラと落ちていった小銭を見つめて、よーっぽん!家内安全!願えません!

 

 

なんやかんや言ったけれど、人の魅力は胸だけじゃない。途中に言ったこれが全てです。

 

群れようとするな。媚びようともするな。

100人のオッパイがあれば、100人の貧乳がある。大きさに困惑するな。上も下も勝ち負けもない。
持って生まれたその貧弱な武器で戦う人生はお前だけのものだ。

走れ!行け!誰よりも速く!君だけの貧乳ロード!

 

 

以上です。
最近、ブログの方向性を完全に見失ってるって知り合いに相談したら「人間味があっていいと思う」って言われました。
人間ってこんな味してるんですね。