酩酊記2023
今年も飽きもせず1年が終わりを迎えようとしている。大晦日の恒例になっている酒を飲みながら1年を振り返る酩酊記。ここ1~2年、酩酊記と言う割に、まとまった小綺麗な文ばかり書いていたので、今年は酩酊記らしく思いついたことをツラツラと連ねていこうと思う。
今年は3月に4年働いた職場から新しい職場に移る通知を受け取った。それは、大学を出た4年間を抜いて24年住んだ実家から出るということにつながった。
私は家族とも仲が良く、母親とは友達のように接しているので、家族と離れることが辛かったし、次の勤務先が職場の人曰く「期待されてる人間が行くところ」らしく、とにかく激務になることが予想されるため、ピリきゅうとしての創作活動もほとんど出来なくなるんだろうなと思った。
私は変化していくことを恐れている。その変化が一気に3月に突きつけられた気がして、初めて生理が2週間遅れた。あと1日来なかったら産婦人科にいこうと思っていたタイミングで生理が来た。その日は職場の仲の良い上司と後輩3人で尾道で飲んだ。小さな花束をもらって、力強く握りしめたことを覚えている。
その頃、勢いでナンセンスダンスで3冊目の合同誌を作っていた。19人で勝手気ままに書いた日記をまとめた合同誌だ。家族と離れることや、新生活への不安、全てをウヤムヤにさせるために合同誌作りに没頭した。イベントに向けた入稿納期もシャレじゃないくらいギリギリで忙しかったけども、本を作ることへの楽しさでいっぱいだったと思う。
私の日記のパートは、そういう不安や、変化することを受け入れていく過程が書かれていて、自分で言うのもなんだけど、ここ数年で一番良い文章だったのではないかと思っている。(「気ままに踊ってよ」まだBOOTHで発売してます。)
そして4月から始まった新生活だったが、思っていた以上に実家を離れても生活はなんとか回っていった。片道1時間の通勤も、深夜ラジオが好きなので、むしろ気持ちのリセットになった。自炊も意外にできた。ナスが好物なのでナスばっか使った。恐れていた仕事も、自分が思っていた以上に任される量が少なく、忙しいものの、去年までの忙しさを上回るようなものではなかった。(去年までが1人ですごい量をやらされていたというのはある)
その結果、3月「もうピリきゅうとして活動するのは無理かも…」と弱音を吐いていた私だったが、今年はなんやかんや今までで1番活動した年でした。即売会イベントの参加や、グループ展開催など…仕事の両立をしながら色んな挑戦をすることが出来たかなと思う。
今後は個展系の主催イベントに関しては、しばらくお休みして、即売会に参加をしていこうと思っている。来年、再来年はそうは言ってもさすがに仕事が忙しいので、今までのようにはいかないはずだが、できることをやっていきたい。
漫画は今年はあまり書けなかったな〜と思う。私の漫画は相変わらずバズりはしないが、私は私の漫画をかなり面白いと思っているので、人に認められることに執着しないというのをモットーに続けていきたい。この世で1番えらいのは続ける人だと思っている。始めることは誰にでもできる。続けることが難しいのだ。続けることは怖い。誰にも見られない瞬間がある。ふつうに気が狂いそうになることがある。それでも続ける。続けることが1番面白いので、続けたい。
そうは言っても、続けていくには少しでも承認がないとやってられない。その上で、今年は本当にヤオちゃんにお世話になりました。ヤオちゃんに2回会う度、ヤオちゃんが拡散してくれて多くの人が読んでくれました。私は、私の好きな人や好きな店の好きなところを、漫画で描いてる時が1番生き生きとできる。「アトリエバーきらきら」の漫画記事も、店主のユキさんにたくさん喜んでもらえたけど、その度に生かされてるのはコッチだと思った。
創作を続けていきたい。続けるということは孤独だ。一人だと急に怖くなる。どれだけ仲間と笑ってたって、好きな人がいたって、漫画を書いたって、急に一人になる瞬間が来る。帰り道はいつだって一人だ。月が光っている。光っている月をたくさんの一人が見ている。その中の一人が私の文章や漫画を見るかもしれない。だから、続けていこうと思う。孤独であることも、幸せであることも、恐れずにやっていこうと思う。
今年一緒に転勤してきたオバチャンが職場で毎日朝飯に納豆豚キムチをタッパーに入れて食べていた。皆がそれはないだろという顔をする中、「とにかく菌を摂取しなきゃと思って」と言っていた。ガメツくていいなと思った。1年を振り返って、それが最後に頭に思い浮かんで出てきた。なんで?来年もいい年にしたい。願いを込めて。2023。
人をビビらせる画数の乳首
いつからかは分からないが、左のわき腹のあたりに変なイボがある。
BB弾をちょっと潰したくらいの大きさだ。自分の左乳首を見ようとすると、「先輩!よろしくお願いします!」みたいな感じで視界に入ってくる。
真っ暗闇かつ酩酊状態で左乳首どーこだ!?をやったらワンチャン間違われる可能性がある。ブブー!それは私の謎のイボでした!残念!お前はもう終わりです!
もしかしたらもう1年くらい経ってるかもしれない。そんなに何とも思っていなかったが、ちょうどブラジャーが締め付けられる位置にいるので風呂上がり汗をかきながらこのイボの存在を気にしないといけないことにだんだん腹が立ってきているのは確かだった。
友達とのご飯の約束が急になくなり、1日暇になったので近所の皮膚科に行くことにした。
予約をとるタイプの皮膚科ではなかったので、直接行ったら平日の午前中にも関わらずすごい人だかりだった。
iPadを持ってきていたので、作業をしながらひたすら待ち続ける。
隣に座ったおばあちゃんが「今日はすごい人混みだね!!!」と話しかけてるのか、独り言なのか分からんくらいの微妙な声量で言葉を宙に投げかけてきた。化粧もしてないし、イボを見てもらうためになんならノーブラで来てるのでスルーした。化粧をしてブラジャーをつけていたら、「今日は多いんですね」とでも返せたかもしれないが、スッピンでノーブラなのでスルーした。なんなら乳首3個あるし。見るか?おれの3個目の乳首。
と思ってチラッと横見たら、すんごいiPadの中見られてた。びっくりした〜。
「お待ちのピリきゅうさん、どうぞ〜」
1時間近く待ってやっと呼ばれて個室に向かう。
個室には男性の医者と、私の直筆の問診票がバインダーに入っていた。私が書いた「原因:ブラジャーのしめつけ?」という欄にマーカーで線が引いてあってなんか恥ずかしかった。見当違い乙wって意味だったらどうしよう。
「じゃあ見せてくださいねー」
そう言われてTシャツをめくりあげる。
乳首(偽)を見せている状態で乳首(真)の方が見えてしまってないか若干気になってしまった。
なるほどなるほど、としばらく見られた後、Tシャツを戻して、医者は神妙な顔で言った。
「……ガンって知ってる?」
え?????
ガン???????
いや知ってますが…………
ガン知らない人っている?なんかあの、ヤバい奴ですよね(笑)知ってる知ってる。知ってるよ。
………………………え?
なに?
このタイミングでガンの話するのなに?
は?
終了のお知らせ????????
固まっていると、先生は手元のメモに私のイボの絵を描き始めた。
いや、絵描いてる場合か。
説明せいや。
「これね、ピリきゅうさんのわき腹にある」
知ってるわ。
見たらわかるわ。
すると、先生はイボの絵の下に大きく汚い字で「?性」と書いた。?の部分が絶妙に読み取れない。
「腫瘍にはね、悪性の腫瘍と良性の腫瘍っていうのがあるのよ。」
あーはいはいはいはい、え?
……私のは?
どっち?
あ、あの汚い字もしかしてソレ?
最悪の2択クイズ?????
「悪性の腫瘍はどんどん大きくなっていくの。で、身体の中で転移もしていっちゃう。これをガンって言います。
良性の腫瘍は大きくならない。そのまま。ほっとく人も多い。」
そうねそうね。
で、私のどっち????
そのイボの下に書いてある字どっち???
良??悪???良???悪???
「で、あなたのは良性」
良でしたーーー!!!!!!!!!!
「だからイボじゃなくて腫瘍ね。別に問題ないけど。手術しないととれないから、とりたいなら手術してくださいね。以上」
1時間待って、診察は一瞬で終わった。
何も考えられないまま、待合室の元いた席に戻る。
会話、ガンスタートの必要あった???????????
まだ心臓バクバクいってるんだけども。
なに?なんでそんなことすんの?
皮膚科ってガン宣告とかもやってんだ〜お得〜じゃないんだよ。
てか、腫瘍って何??????画数多すぎるだろ。腫瘍。怖っ!!画数多っ!!怖っ!!!人をビビらせるためだけの画数。減らせ減らせ。イキんなイキんな。せめて10画以内にしろ。角をとれ。
ズリズリズリズリィ〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!
出口で派手にコケた。
足に力が入らなくて段差で膝がカクついたらしい。思い切り膝を擦りむいた。
近くにいたおじいちゃんが「だ、大丈夫……?」とドン引きしながら聞いてきた。
大丈夫です、もありがとう、も言えずただ「すいません」と繰り返して、膝の血がスカートにつかないように、スカートをまくしあげながら車まで走った。
車の中でため息をつく。
毎日を後悔しないように生きてはいる。
でも、こんなに力が入らなくなるくらい、ドキドキするとは思わなかった。
大好きなじいちゃんはガンでこの世を去っている。
来年は30だ。
わき腹にへんなのができる。不調が多い。一生付き合っていく慢性的な不調もどんどん増えていくんだろう。明確な大人のラインを踏み越えた覚えがないのに、身体の内部はどんどん変わっていっている。
でも、人前でコケても涙は流さない。
足が震えて怖かったと、泣き喚かない。
身体だけ歳をとっていく私の、いくつかの精神的な成長がそこにある。気づいてないだけで、きっと多くの。
……この前健康診断で注射が怖くて泣いたことはオフレコにしとこうと思う。
ぜってーー手術とかしねーかんな!!!!!ざまあみろ!!!!!!!!!!
第3の乳首は責任をもって可愛がろうと思います。おまえにはもっと、画数が少ない名前をつけてあげるからね。
OLの正しい所作と人間讃歌
「どうする?この状況…」
崖っぷちに追い込まれる
6時間前。
私はトマトジュースを飲んでいた。
実家を出て暮らし始めて、やや2ヶ月が経過している。転勤先での仕事もようやく慣れてきた。実家にいる時は、働きながら自炊するなんて、自分にできるなんて思ってもみなかったけど、意外にもやってみればできた。
ほぼ毎日自炊をしている。
久しぶりに会った友人に、「トマトジュースを毎朝飲むと美容にいい」と勧められ、最近では毎朝トマトジュースを飲むようになった。
大学時代、一切自炊をせず、バイト先のまかないのラーメンだけを食べて過ごしていたあの頃が懐かしい。
「丁寧な暮らしなんてクソ喰らえ」という反骨精神が今でもないわけではない。でも結局は一番精神的に安定するのが、コレなんだろうなと思ったりする。
飲み切ったあとのコップを水に漬けてから家を出た。
追い込まれる3時間前。
仕事は楽しい。
が、忙しい。
ここでは、残業が当たり前と言われている。皆がどこか誇らしげに「昨日はまた同じメンバーで残っちゃいましたね」と話す。
まだ転勤して間もないので、人間関係も築けてないのもあって、そういう雰囲気がすごく性にあわないので、なんとかして帰りの残業を1時間程度にいつもおさめている。
そのためには人よりも早く動き、一分一秒も無駄にしてはならない。
トイレに行くのも惜しい程。
追い込まれる1時間前。
社食の弁当を購入。
今週は火水木と弁当を作ったが、金曜日はさすがに気が緩んで作れなかった。
頑張った自分へのご褒美として、「カツとチャーハン」というデブが考えた組み合わせをチョイスした。
食べようと思ったら仕事の電話がかかってきて対応をした。その後もなんやかんやあって、カツチャーハンを10分で食さないといけなくなってしまった。
次のやることがあるので、急いでかきこむ。食べながら、すでに少し胃もたれがしている。
まかないラーメンを深夜に食べても平気だった頃から、いつの間にか7年の月日が経っていた。
あんなに美味しそうに見えたカツチャーハンが、今では憎い。
追い込まれるまで30分前
カツチャーハンをなんとか食べ終わったので、仕事をしている。なんか腹の調子がよくないとは思う。
立って人とやりとりをしながら、バレないだろと思い、さりげなく放屁をする。
オッ今のはアツい放屁でしたね。と内心ヒヤヒヤする。
放屁は生理現象だ。
人にバレないように涼しい顔をしてするのがOLの正しい所作なのである。
少し時間が経って、
アレ?
さっきの、大丈夫だったか?と言う気になる。
まあ、まさかね、ちょっとアツい感じはしたけどね。そんなまさかね。
平常心のまま、デスクに戻る。
追い込まれる5分前。
何気なくスマホのTwitterが目に入る。
「パンツが食い込まねえ女なんている?いねぇよなあ!!!!!」
仲の良い友達が、常時パンツが食いこんでるマイキーになっていた。
仲の良い友達同士しかフォローしていない非公開のアカウントで「パンツが食い込むか食い込まないか」の論争をしているらしい。マイキーももう少し生産性のあるやりとりをしている。
「どういうこと??考えられない、なんで食い込まないの?」
Twitterの中で、パンツマイキーが頭を抱えていた。仕事中にそんなことをしている余裕はないのだけど、いつの間にか返信をしていた。
『わたしはお尻に安心感ほしくて、デカいパンツばっか履くんだけど、だから食い込まないのかもしれない……』
パンツ食い込む食い込まない論争に、パンツのサイズの問題を提案した。パンツマイキーはオシャレなので、恐らくテロテロした素材のちっちぇーパンティーを好んで履いている。
そして食い込まない派に躍り出ていたメンバーが全員デカいパンツを好んで履くタイプの女たちだった。
これは恐らく正解だ。論争に終止符を打ったことを確信し、ニヤついた。
すると、パンツマイキーからすぐ返信が返ってきた。
「いや、おしりが食い込まなくても、前の穴に吸い込まれていくんじゃん??」
なんだコイツ。
コイツだけ別時空でパンツ履いてる?
この論争はまだ長引きそうだなと思いながら、スマホを片手にトイレに行った。
うんこを漏らしていた。
座って思わず「ひっ」と声が出た。
最悪の景色が広がっていた。
タイミングはおそらく、あの放屁。
なんかいつもよりアツかったなと思ったあの放屁は、どうやらマジで激アツだったらしい。
幸いにも、被害はパンツのみで、ズボンへの被害が一切なかった。
そして冒頭に戻る。
「どうする?この状況……」
崖っぷちに立たされている。
このピンチ、どう乗り切る。
14:00
ノーパンでトイレから出る。
上司に1時間有休をもらうことを告げる。
忙しくて昼飯を食べる時間もなかったことを察している上司は疑うことなくOKを出す。
14:05
パソコンで有休のシステムを入力する。
隣のオッサンが、「最近カロナールって痛み止めを飲んでるんだけど、カロナールって痛みがかろーなるって意味かな!?ハハハ!!!」と笑いかけてくる。
何がおもろいねんと思いながら、「そういう安直なネーミングセンス、薬には多いですよね」と返す。うんこを漏らした女とは思えない軽やかな雑談をし、ノーパンのまま「ちょっと出てきます」と告げて部屋を出る。
14:10
車に乗り込んで、パンツマイキーに『このやりとりしてたからか知らんけど、うんこ漏らしたからパンツ買ってくるわ』とリプを送る。
パンツが食い込む食い込まないの論争ができるフェーズにいないのは確かだ。だって今ノーパンだし。
14:30
近くに大型ショッピングモールがあったので来た。GUでパンツを買う。「そういえば女子用のボクサーパンツが流行ってた頃は、休憩時間にパンツが食い込む!とみんな騒いでたような気がする」と思い出しながら、いつもと同じデカめのサイズを購入する。
トイレでパンツを履く。
なんという安心感。
変質者って大変。
念の為1階にあった薬局で、衣服用消臭スプレーを購入し、ズボンに吹きかける。
14:50
職場で上司に戻ったことを報告する。
オッサンが別の人間に「カロナールって痛みがかろーなるってことかなあ!?」と話をしているのが目に入る。いつまでその話してんだ、そんなに色んな人間にするほどの話じゃないだろ、と思いながら途中までだった作業を再開する。
仕事に戻る。
涼しい顔をして、仕事をこなす。談笑をする。
何事も無かったかのように、定時を迎え、1時間残業して帰った。
完全犯罪である。
これこそがOLの正しい所作だ。
どんなことがあっても焦らず、爽やかに、美しく対応する。
あの場にいた誰もわたしがうんこを漏らしただなんて思っていない。
見たか!!この身のこなし!!!
フハハハハ!!!道を開けぇい!!!!キャリアウーマンのお通りじゃい!!!!!!!!!
カシュ……
缶ビールを開ける音が虚しく鳴る。
「また漏らしたん!?!??いい加減ケツの穴の筋肉を鍛えろ!!!!!」
夕方、パンツマイキーから返信が来た。
そう。
“また”なのである。
私はよくうんこを漏らしている。
3年前、高校の友人の結婚式に行って、楽しすぎて4次会まで行ってたら朝うんこを漏らした。
一昨年は休日出勤でトイレが間に合わずうんこを漏らしてノーパンで帰った。
そして今日やってしまった。
一応念のため言っておくが、おしりの穴を排泄以外の目的で使ったことは一回もない。
が、使ったことがある人の頻度で漏らしている気がする。
快楽は知らない。ただうんこを漏らしている。
こんな惨めなことがあるだろうか。
今年で29歳になる。
毎朝トマトジュースを飲んでるのが、なんなんだろう。
どんだけ丁寧な暮らししてても、美意識高く行動しても、1回うんこ漏らしたら全部帳消しじゃないか。
枯れた笑いが出ながら、Twitterを開いて「今日職場でうんこ漏らしたけど、誰にもバレずに平然と処理までやりこなしてしまった。脱糞に慣れすぎている」とツイートをした。
缶ビールを飲み終わる頃、リプが返ってきた。
友人の眞さんだった。
短歌をやっていたり、noteでブログを書いていたり、言葉を紡ぐのがうまい一方で、突飛なことを急にやったり、道化師のような振る舞いをする。
かと思えば、かなり根が暗く、ヒッソリと誰もいない所で落ち込んでいるような人だ。
そんな眞さんから「おれまじで生きてていい心地になるや」とリプをもらった。
眞さんらしい不思議な文体だったが、私のクソエピソードを聞いての感想であることは理解できた。
職場でうんこ漏らすような奴もいる、その事実が誰かを少し勇気づけるのかもしれない。
丁寧にも生きたい。
トマトジュースも飲みたい。
うんこを漏らすのはたぶんこれが最後じゃないと思う。
全部ひっくるめて私だと思う。
今日一日が私という人間そのものなんだと思った。
そのあと来た眞さんからの「人間讃歌のうんこ」というリプに、なんて返すか迷いながら、寝た。
人生のテーマだなと、次の日起きて思った。
小説の神様はそんな旅行記を書かない
「許された気になるなよ」
京都のご飯屋に並びながら、すずめちゃんが私に言った。
私の数少ない友人随一のしっかり者のすずめちゃんは、細かいことによく気が回る分、無計画で大ざっぱな私によく振り回されている。
今回の城崎旅行も、1週間前に思いつきで京都の大人気米屋に行きたいと言い出してしまい、どうにか行ける方法を見つけようとしてくれてメチャクチャ苦労をかけた。冷静な理性ちゃんが「どう考えても無理では?」と言ってくれたことで、無茶な予定を組むことはなくなり、理性ちゃんはすずめちゃんにとても感謝をされていた。
すずめちゃんはいつも一緒に遊んでいる分、こういう私の無計画さにいつも困らされているので、そろそろ縁を切られるんじゃないかと思っているけど、「お前には何も期待してない」と言いながら、いつも会ってくれるので、本当に感謝をしている。
「人間が小さすぎる」
理性ちゃんは私の話を聞いて大口を開けて笑っている。
理性ちゃんは優しくてなんでも笑ってくれるので、私はたくさん話をしてしまう。「どデカい勤務先に移ったタイミングで結婚して、そんなによく知らない人達から大量に御祝儀をもらいたい」という話をしたら、「どんだけみみっちいんだよ」と笑ってくれた。結構本気でそう思ってたけど、笑ってもらえるんだったらそれはそれでよかったなと思った。
旅行前にたくさん無計画カスムーブをして、2人に対して申し訳なさを感じていた私は、2人に会えて正直に怒られたり、笑われたりして、居心地の良さを感じて安心をしていた。
高校からの長い付き合いで、嫌な部分もたくさん知られてるのに、ずっと仲良くしてくれていることに、純粋な嬉しさと共に少し「なぜなんだろう」という気持ちもあったりする。
今回はそんな2人と、城崎温泉へ旅行に来た。
カニやら、アワビの踊り食いやら、牛ステーキやら信じられないくらい豪華な食をたくさん食べた。
多すぎて食べても食べても終わらない、というぜいたくな悩みに私たちが苦しんでる中、異様に食べるのが早いすずめちゃんは、最後の米とみそ汁に手をつけながら、「日本酒を飲んだら酔いが完全に冷めた、水が入ってる?」と訝しげに言っていた。
細い体で全部残さず平らげたすずめちゃんの頬はアルコールで少し赤かった。
夕飯を食べて風呂に入った後は、各々が好きなことをしながら好きなだけぼーっとしてから眠りについた。
朝起きて、すずめちゃんと朝風呂に行くことにした。理性ちゃんは「ババアなので5時に起きてもう風呂入ったから二人で行ってきて」と私たちを見送った。
前回の旅で圧巻の寝起きの悪さと準備の遅さを見せていた理性ちゃんの、まさかの早起きに「帳尻を合わせようとするなよ」とすずめちゃんが陰で悪態をついていて面白かった。
二人で風呂に向かうと、脱衣所には数名の宿泊客がいた。私は「先入ってて」とすずめちゃんに告げて、トイレなどの用を済ませに行った。
大浴場に入ると、すずめちゃん以外に一人の女性がいた。すずめちゃんはこっちを見て何かを言いたげで、妙な空気感が漂っていた。
女性が浴室を出てしばらくしてから、すずめちゃんが私に話しかけた。
「今さあ、きゅうちゃんが来る前にあの女の人に『おはようございます』って話しかけられたんよ。」
今は朝7時。同じ旅館に泊まったという縁を感じて、朝の挨拶をしてくれるなんて気持ちいい人もいるもんだと私は思った。
「ええやん」
「うん、まあ私もそれは普通に『おはようございます』って返したんじゃけどさ、その後あの人にな」
すずめちゃんは続けて女の人に言われた強烈な差別発言を教えてくれた。
「いや、朝から思想強すぎんか?と思って」
色々問題があるので詳しくは書けないが、差別的な思想を持った忠告を色々としてきたという話だった。すずめちゃんが面と向かって攻撃をされたわけではなく、あくまでも向こうが善意で忠告をしてきたらしい。すずめちゃんは私が入ってくるまでの数分間、気持ちいい城崎の湯につかりながら、思想の強い人間から、忠告という名の思想の押し売りを受けていたのだ。
差別の内容はまあ本当にしょうもなくて、笑いとして昇華してはいけないものとはわかっていたものの、すずめちゃんからその報告を受けながら、私はシンプルに爆笑してしまっていた。
「この朝の気持ちいい爽やかな空気で、温泉に浸かって、宿泊客から気持ちのいい挨拶を受けた」というフリが、「シンプルに最悪な思想の持主だった」というオチに向かって勢いよく進んでいるのが、信じられないくらい面白かった。
ひとしきり性格の悪い笑いをした後に、「この話は絶対に理性ちゃんにしよう」と誓った。
部屋に帰って理性ちゃんに今あったことを説明したら、理性ちゃんも大声をあげて笑った。なんなら旅行の中で一番笑っていた。涙を流して「あ~最悪な人間がこの世で一番おもしれぇ」と豪傑のように言っていた。
朝食を食べた後部屋に帰ってダラダラしながら色んな話をしていた。
なんの話かは忘れたけど朝から下ネタを言い合い、「高機能な女性器」の話になった。
「いや、高機能だとおかしくない?高性能な女性器の間違いじゃない?」
と誰かが突っ込んだ。
「高機能ま○こだと、中で飯が炊けたりカレーが作れたりしてしまう」
そんな最悪が最悪を重ねたやりとりに私が「いや圧力鍋じゃないんだから」と突っ込んだら、2人からすごい勢いで同時に「上手い!!!!!!」と言ってもらえて、ゲラゲラ3人で笑った。
二人から「上手い」とすごい勢いで認められてすごくうれしかったものの、どこの何がかかって上手かったのかは全くよくわからなかった。
全くよく分からないし、朝からするやり取りとして何もかも間違っていた。高機能でも高性能でもどっちでもいいし、ずっと最悪すぎる。
下品でしょうもなくて倫理観もなくて最悪な笑いを朝からやりながら、「だからずっと一緒にいるのか」と旅行前の少しの不安が解消した気もした。
最悪の差別発言を理性ちゃんは、絶対に笑ってくれると信じていた。私の下品な発言に二人は引かずにノってくれると信じていた。そこには長年の経験で培われた最悪の信頼関係があった。
旅館を出てカニ酒をつつきながら、理性ちゃんと
「何が好きかっていう価値観も大事だけど、何が嫌いかとか、何が人としてアウトかのラインが一緒だと、安心するよね。」と話した。「だから人の悪口って最高だよな」とも言った。
私たちは各々の最悪さを持っていて、数ある最悪のいくつかが嚙み合って一緒にいる。
志賀直哉の「城の崎にて」もこんな話かなと思って、帰りの新幹線で読んだら、全然違う話だったし、「まあ、そりゃあそうか」と思った。
酩酊記2022
今年もまた悪びれもせず一年が終わるらしい。
今年は仕事は忙しかったものの,そんなにストレスに追われていたわけではなかったように感じる。忙しいとはいえ自分が仕事に慣れたからこその気持ちの余裕ができたんだろうと思っていた。
とはいえ、忙しさの中で気持ちがすり減っていく人がいるのも分かっている。
私は職場の労働組合のようなものに所属していて、会合へ行く度、職場への要望を出し合っている様子を眺めている。「管理職にこれを何回言っても聞いてもらえない」とか「もっと改善してほしい」という言葉が真剣に飛び交っているのを私はいつも他人事みたいな目で見つめてしまう。
「ピリきゅうさんは何か不満はありますか?」と言われて、とっさに「早くこの会合が終わって仕事に戻りたいなと思っています。」と思った。思っただけで言いはしなかった。
職場に対して思うことはなくもない。でも自分の願い通りになんでも叶うわけでもないと思っている。管理職が必死で仕事をしているのも知っている。頭がよく回り,周りに気を遣える人であることは傍目でもわかる。そんな人が上にいて今の労働環境があるわけで,自分が不満に思って声をあげることなんて何もないなと思う。組合の人が管理職に要望を言って言い合いになっているのを横目に見ながら、管理職の側に感情移入をしてしまった。
「こうしてほしい」を言える人はすごい。
今年読んだ漫画のワンシーンがずっと印象に残っている。
「正反対な君と僕」という作品の中で,登場人物の女の子が友達や元カレに雑な扱われ方をされているのは分かっているけど受け流して過ごしていることに対し,登場人物の男の子が「怒れよ!!!」と叱っているシーンだ。男の子からの指摘を受けて「私、自分のことを大切にできてなかったんだなあ」と女の子が気づく。(少しずつ違うかもしれないけど許してほしい)
それを見て「私だなあ」と思った。
私は意思表示をするのが得意ではない。特にいやだと思ったことに関して相手にちゃんと「いやだと思った」と伝えるのが苦手だ。そう伝えた時の相手がどう思うか,それによって関係性が変わるかが気になってしまう。
仲が良い相手にはあくまでも自分ではなく,「嫌だと思う人もいるかもしれないね」と遠回しに表現して伝えるし,それができないときには距離と時間を置いて自分の中でなかったことにするようにしている。
そうやって生きてきたことに対して,「自分を大切にしていない」と表現されるのはしっくりきた。
「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」という小説を読んだ。
優しいからこそ社会の不条理にたくさん傷ついていく主人公と、逆の存在として不条理を受け入れて社会の中に溶け込もうとする女の子がいた。女の子は女子を粗末に扱うような飲みサーにも入っていて,粗末に扱われても別に仕方がないというどこか諦めも持っていて,主人公はそれをどうにかしてあげたいと内心思っていた。
これも共感するのは「仕方がない」とあきらめる女の子に対してだった。社会が誰にとっても生きやすくなるのは嬉しいけど、どこかで「あとは自分が我慢してやり過ごせば良い」と諦めの気持ちを持ち続けている。
「自分を大切にしていない」と作品の中で自分が評されることに納得をした。でも、総じて変わりたいとは思わなかった。
私が怒らなかったタイミングで,誰かが怒っている。組合の人が上司に労働環境の改善を訴えている。悪意ないふるまいに傷つけられたことに怒っている人がいる。女であることで虐げられたことに怒っている人がいる。私は怒るタイミングをことごとく逃しているのかもしれない。
でも、私が怒らなかったことで、続いている人間関係は,ほかの人は持てなかったものだと思っている。また,「別に持ちたくもない」と思われているかもしれない。
私は怒らない。でも関係は続けていく。私のことを雑に扱っている人間のことは私も雑に扱う。でもどこかで会ってたまに笑う。自分にはない言葉を聞く。オモシロいなと思ってまた会おうと思う。
そうやって形づくっていく。私のことが好きな人も、私を雑に扱う人も、全部私を形づくってくれる。日々違う色味に見えるそれは全部違う私だけども、全部私であるとも思う。
この前,友達の理性ちゃんと電話していた時に「きゅうちゃんの話ってめちゃくちゃ面白いし本当に笑ってしまうけど、絶対に当事者にはなりたくないなと思う」と言われた。
「お前にはなりたくない」と言ってくれる人の存在はまぶしくて嬉しい。
自分を大切にしていない私のことも、 大切に想って関わってくれる人がいることに、ちゃんと気づいている。
私は来年労働組合からきっと抜け出すし、まだ人を怒ることはできていないんだと思う。
この占いがすべて外れて,労働組合にゴリゴリ参加してこの世のすべてに怒り狂う女になっていたら、それはそれで笑ってほしい。
しょうもない嘘はおでんの味が覚えてる
思い出すおでんの味がある。
大学時代、一年半付き合った元彼(M君とする)と何ヶ月か同棲をしていた。
田舎の大学で2人とも一人暮らしとなれば、特にやることもないので自然とどちらかの家に泊まり込む回数が増えていく。そして相手の家に置いていく服の量も増え、どちらが何を言うこともなくいつの間にか同棲をしているという、インスタ映えなんてしない生活感にまみれたストーリーがそこにあった。
同棲は最初の方は楽しくて良かったのだが、少し広めのワンルームに2人で暮らすということに、私が息苦しさを覚えてしまったのと、彼がまあまあ依存体質で「俺とサークル、どっちが大事なの!?」というメンヘラのテンプレを言うような男だったので、お別れすることになった。彼も青かったし、私も青かった。これはそんな日々の一部である。
彼からのトークテーマでたわいもない会話をしていた。
「友達が変態である」という内容で、しかもその変態も「週7でオナニーをしている」程度のものだった。
コイツの変態のモノサシどうなってんだよと思いながら、「ふーん」と返した。彼はゲスな下ネタで溢れる深夜ラジオを聞かないような人だった。テラスハウスを真面目に見て泣く人だった。とはいえ、そういう彼の、使い古された状況でありふれた言葉を簡単に使ってしまう底知れた軽薄さも、なんやかんやで嫌いではなかった。
そのままの会話の流れでなんとなく私は「M君も結構するの?」と聞いてみた。すると、耳を疑う言葉が帰ってきた。
「おれ?おれオナニーしたことない!」
「ふーん」と返しながらも、はてなマークが頭上に浮かぶ。今コイツ、オナニーしたことないって言った?
19の男が?
そんなわけなくない?
いや、性に対する意欲があまりにもなくてもさ、そんなわけはなくない?
別にM君のオナニーの頻度に興味はマジでない。なんなら「ちょ、彼氏に何聞いてんの〜コラコラ〜!」程度の安いツッコミを期待していたのにも関わらず、M君はしたことがないと言い張った。
はーんコイツさては彼女にいいカッコしようとしてるな。と察しつつ、「オナニーをしない男がカッコイイってどういうことなんだよ」とやっぱり違和感を拭いきれない。
私が何も言わず、納得しきれない顔をしていると、Mくんは弁明を重ねた。
「いや、何回か挑戦してみたけどやり方が分かんなくて・・・出なかった!」
なんだコイツ。
誰に向けて今見栄を張っているんだ?
出なかった!じゃないんだよ。唐突にショタになるな。調べろやり方。お前ん家インターネット通ってないのか。
バレバレの嘘を堂々とつく意図が全く分からなかったが、そこまで引き伸ばす必要も無いかと思い、その話題はそこで終わった。
後日、彼の家で1人でレポートをしようとしていた。自分のパソコンが壊れてしまったため彼にパソコンを借りる許可をとり、彼のパソコンを開けた時だった。
彼のパソコンには消そうとしていたのか堂々と履歴画面が出しっぱなしになっていた。
そこの1番上にある文字が私の脳内に直接飛び込んできた。
おっぱい学園!集まれ!ぷるるん先生
そこには彼が見たであろうAVのタイトルがあった。
見とるがな。
ゴリッゴリにAV見てオナニーしてますがな。
自分の中でフツフツと感情が沸き立つ気配がしていた。別に嘘をついていたことも、オナニーをしていたことも何の問題もない。
すりゃええ。誰も禁じとらん。存分にせぇ。
ただ私はド貧乳だった。
彼がヤマザキ春のパン祭りでシールを集めてもらったミッフィーの少しだけ膨らみのある皿が2枚ついている程度のパイである。
ミッフィーパイの彼女の前で、「オナニーしたことがない」と嘘をつき、ぷるるん先生のおっぱいを楽しんでいたのだ。ぷるるん先生のぷるるんがぷるるんしたのを楽しんでいたのだ。
お前はその学園で、一体何を学んだんだ。
嘘をつくことが、本当に愛なのか?
私はミッフィーパイ先生として、人としての優しさを教えるために、LINEで「パソコンありがとね」と送り、ぷるるん先生のページを開いたまま家を出た。
家に帰るとM君は謝りはしなかったが、「おかえり」と恥ずかしそうに笑って言った。キッチンからは彼が作ったおでんの匂いがした。
私は何も言わずミッフィーのお皿2つ分、おでんを盛り付けて傷の入った小さな机に運んだ。
悲しみの匂いを思い出す行為
「人間は死ぬようにできていて、色んな死に方がある。死は満遍なく散らばっている。」
去年読んだ末井昭さんの「自殺」にそういう一節があった。
最近、親しい人の親類が亡くなった。
前触れのない突然の死だった。親しい人とはこの前たわいもないLINEをしたばかりだった。当たり前だけれど、こんなことになるとは思っていなかっただろう。
悔やみの言葉を伝えながら、葬儀の日程を聞き、今日焼香をあげに行った。
親族として列に立つ親しい人に一礼をして近づく。
気丈に振る舞う瞳の奥が悲しみで揺れていた。何も言わずに肩をさすった。
日頃から人の死を本の中で眺めていても、いつだってリアルの死は悲しい。
私がリアルな「死」を目の当たりにしたのは、4年前にじいちゃんが亡くなった時だった。
私にとって一番身近な死は、今はまだ、じいちゃんの死しかない。だから死を思い浮かべる時出てくるのはじいちゃんの姿だ。
小さい頃から近くに住んでいて一緒にいたじいちゃんがガンを発症し、緩やかに死に向かって行く様子は見ていてとても辛かったのを覚えている。
何度もお見舞いに行ったけど、最期の方は特に辛かった。水を欲しがってるんだけど、医者から口から多く水をとることを禁止されていて、いつも笑顔だったじいちゃんから、「水をくれ」と鬼の形相で言われて、「ごめんね、ごめんね」と謝ることしかできなかった。出来ることなら、もう好きなだけ水をたくさん飲ませてあげたかった。
会場の提案もあり、お葬式の最初、動画を流すことになった。私たちは動画で流す写真をアルバムから選んだ。うちの一族は距離が近く、頻繁に集まっていたので、色んな写真があった。私が小さい頃の写真。いとこが子どもを産んでからの写真。みんなで出かけた写真。一つ一つが思い出が詰まったものばかりで「こんなことあったね」と笑いながら選んだ。
お葬式が始まる前、「お前らはいっぱい泣くだろうから」と3つ上のいとこ(男)が大真面目な顔をして控え室からデカくて白いおしぼりを両腕ににたくさん抱えて持ってきて、叔母から「馬鹿!」と怒られていた。完全に「笑ってはいけない」お葬式だった。悲しみに包まれてはいるけれど、その中には当事者にしか分からないオモシロの瞬間もあって、それは不謹慎でもなんでもないんだよなと思った。
席に座り、おしぼりの思い出し笑いから解放された頃に、動画が始まった。
家では楽しく選んでいた日常の一枚一枚が、荘厳な雰囲気の会場で照らし出され、「楽しかった過去」として強調されているみたいで、悲しさが押し寄せてきた。
涙が溢れ出てた時、いとこの娘(当時3歳ほど)が何かを言っているのに気付いた。
「じぃじ、笑ってるね」
最初はブツブツ言っていて聞こえなかったが、ハッキリと聞こえるようになった。
「楽しかったね」
「また一緒に遊ぼうね」
「じぃじ、悲しいよ」
「なんでなの?どうして?」
「じぃじ」
彼女は、目の前のスクリーンに向かってハッキリと分かる声量で語りかけていた。幼いなりにこの状況を理解した上で、言葉を発しているようだった。
葬式の後、控え室でご飯を食べている時、彼女のこの行為に対していとこたちと姉と私の中で賛否の渦が起こった。
いとこたちと姉は彼女のあの行為が「あまりにわざとらしかった」と苦言を呈していた。
幼い彼女は、ごっこ遊びが好きで、あの状況に対して「曽祖父の死に対して悲しみを抱いている自分」を大人数の前で演じて酔っていたのではないか?ということだった。
私たち4人は、それぞれにじいちゃん子であり、祖父の死に対して悲しみを背負っている。
その中で彼女がした「パフォーマンス」の嘘くささを過敏に感じ取ったのかもしれない。
そして、いつもならば幼さを理由に許容できることが、祖父の死を前に幼い孫に戻っていたあの時は、幼い嘘くささを許せなかったのだと思う。
その中で私ただ一人が「まぁ・・・彼女は彼女なりに悲しさがあったんじゃない?」と幼女をフォローした。
私自身、過剰な悲しみを表現した覚えがあったからだ。
祖父が死んですぐ、身体は祖父の家に帰ってきた。すっかり冷たくなっていて顔色も土のようなのだけれど、紛れもない祖父の姿が家にあってとても嬉しかった。遺体に対して「怖い」という感情はひとつも無く、そばにいると安心感や温かささえあった。
その祖父は、缶ビールを手に陽気に話しかけてくる祖父でも、水を鬼の形相で欲しがる祖父でもなかった。物言わぬ祖父と無言で対話をするのは妙に楽しかった。祖父が家に帰ってきてから、私はほとんど傍を離れることはなかった。
その後の式に向けて遺体は棺に入れられた。私は涙が止まらなかった。その場で一番泣いているのは私だった。「なんで私からじいちゃんをとるんだ」と思った。棺に入れられてからも、しばらく頬から手を離さなかった。
遺体が棺に入り、車に乗せられていく時、
私は足をもたつかせながら追いかけた。
「じいちゃんじいちゃん」とずっと名前を呼んでいた。「行かないで」とも口にした。
他の誰も私のようではなかった。私の様子を静かに見ていた。
車に入った途端、祖父はもう自分の手には届かないと思った。
その場に座り込んで泣き崩れてしまった。
誰も私のそばに駆け寄ることはなかった。
あの時の自分を思い返すと、あれは祖父への愛着ではなく、「物言わぬ祖父という何か」に対する執着だったように思う。また、意図的に悲しみを抑えようとせず、全部出し切ろうとしていたのもあったかもしれない。
「行かないで」と泣きながら座り込むなんて、わかり易すぎる悲しみの表現じゃないか。
でも、あの時の私はそれがどうしても抑えられなかった。取り繕うができなかった。
それが少し気持ち良かった。
3歳がやった悲しみのパフォーマンスと当時23歳の過剰な悲しみの体現が、今でも私の中のリアルな「死」として思い起こされる。
目の前で気丈に振舞おうとする、親しい人は、まさに今リアルな死と対面している。
取り繕えなさと戦っている。
私にはどうすることもできないけれど、私なりに、リアルな死の感触を思い出して、戦うあなたに寄り添いたいなと思っている。
肩をさする私の手が、あなたに向ける私の目が、やさしい温度を持てるように。
そこらじゅうに散らばる死を、歩いて、歩いて、靴で踏み鳴らすように私たちは生きている。
死や悲しみの匂いを思い出すことは、自発的なものではなくて、いつしか意図的な行為になった。悲しみだけに覆われた時間は思っているより長くは続かない。涙をふくための白くてデカいおしぼりみたいに滑稽で愛おしい瞬間はいっぱいある。
悲しみの匂いを思い出さなくてもよくなったとしても、死は私たちの下に眠っている。きっとやさしい歌を歌っている。そうであると信じている。