リハビリ人生

色々な文章を書きます。

スタバに見栄を買いに行く女の話

私はスタバに行くのが好きである。


新作が出たらわりとすぐにチェックをしに行くし、スタバで勉強をしたり友達とお話をするのも嫌いではない。


だがしかし、心の底からスタバのなんとかフラペチーノが飲みたいと思って、私はスタバに行っている訳では無い。


私はカフェインが苦手である。
純度の高いコーヒーを飲むと眩暈がして動悸が止まらなくなり吐き気を催していてもたってもいられなくなるくらいカフェインが苦手である。スタバの可愛くデコレーションされたなんとかフラペチーノでさえも全部飲み干すと少しその後気分がすぐれなくなる時がある。

(最近知ったのですが、スタバってカフェインレス頼めるらしいですね!スタバ最高!バンザイ!)


じゃあなぜそこまでしてスタバに行くのか。
バカなのか。そうだ、バカなのである。



私は見栄を買いにスタバに行っている。




「スタバでMacを開いている」というのは、オシャレを気取って仕事をしているように見せかけていると揶揄する代表的なセンテンスであるが、まさにその通りなのだ。



私はスタバでMacが開きたいのだ。


そう私はドヤ顔スタバMacがしたいのだ。



スタバの提供する商品の値段の高い理由を、どこかで聞いた。あれはなんとかフラペチーノの原材料だけじゃなく、スタバのお洒落な雰囲気、接客全てを含んでの値段なのである。

スタバのカップは可愛い。時には店員さんが気持ちを込めたメッセージを書いてくれたりなんかする。店内も店によってこだわりのあるデザインがあり、入った人をウキウキとさせてくれる。


それらよって生まれる効果が、女子を輝かせる演出である。


新品のフラペチーノを持って、友達と自撮りをしてSNSに女子会の投稿をして、「スタバの新品に目がない甘いものが大好きな私with友達」を演出することが出来る。

勉強をしながらスタバの商品を右端に置いて勉強の様子と商品を写真に収めてSNSに投稿して、「勉強もスタバでオシャレにこなすことが出来る私 」を演出することが出来る。


皆、涼しい顔をしてスタバに入りながら、自分を彩るための演出として、スタバを利用しているのではないかと思う。

こんなことばかり言っていると
「ふざけんじゃねぇよスタバ好き舐めんじゃねえよ泥女!!」「一生泥水すすってろ!!!」
とスタバ女子から暴言を吐かれてもいいことを言っている気がするが、私は決して馬鹿にしている訳では無いのだ。


言わせてくれ。

「見栄はり上等じゃん!ドヤ顔でスタバMacしようよ!」って




わたしは人から見られている自分の像を意識しがちな人間である。「こう見られたい」という像は、本物の自分ではなかったりする。
「カッコイイですね!」と後輩に言われたりする。「ねえさん」と周りから称されることがある。私は人より声が大きい方だし、その分周りを仕切ってしまったり、初対面で緊張すると返って強めな物言いをしてしまうことがあり、気が強くてバリバリ仕事をする姉御肌なイメージをもたれることがある。悪い気はしていない。度重なる偏見だが、「姐御肌っすね!」と呼ばれるタイプの人間はおそらく、「姐御肌」と呼ばれることに一種の喜びを覚えていると思う。


本当の私は末っ子基質で、甘えたがりで気も弱いし、引きこもって人に依存しがちな所がある。頭もそんなに良くないし、出来ることなら仕事もしないで延々ふざけたことを言っていたい。


「一人で生きていけそうですね」なんて言われて「なんだそれ」って笑い飛ばして、帰ってもう1度思い返して「なんだそれ」って小さく呟いたりする。


でも、本当は「一人で生きていけそうな強くて姐御肌な自分に憧れている自分」もいたりする。人から言われた印象に勇気づけられて、気を強く持てたりもする。

人から見られた自分と、自分が思う自分、どっちが本当の自分かなんてわかりはしないのだ。

私は偶像の自分自身に助けられているのだ。





スタバMac上等じゃん。
なりたい自分になるために、着飾ったっていいのだ。
重い鎧を。綺麗な仮面を。右手にフラペチーノを。




明日も私はスタバに泥水みたいな見栄を買いに行く。
飲み終わったあとは、気分悪くなってCCレモンをガブ飲みする。

「プハーーーーーー!!!!スッキリした!!!!」

つってね。