リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

キューピーは今日もコーヒーを飲ませてくる

私はコーヒーが飲めない。おそらくコーヒーのカフェインが極度に向いてないのだと思う。飲んでしばらくすると動悸が激しくなり、頭痛がおこり、吐き気に襲われる。なのでどうにかこうにかコーヒーを飲むことを避けて生きてきた。

 

 

そんな私に無邪気にコーヒーを勧め続けていくる一人の男がいた。

 

 


「おっ!今日はどうした?オイル交換かな?!」

 


車の下からもぞもぞと出てくるその人は、強面のオデコから金髪の少量の毛が生えていて、ほとんどキューピーマヨネーズと同じ風貌をしている。立ち上がると体格の良い大きな身体が目立つ。大きなオーバーオールのポケットからはスパナがのぞいている。

 


車屋のキューピーマヨネーズと知り合って早3年ほどになる。最初はあまりのイカつさにただ恐縮するばかりだったが、来るたびいつも優しく話しかけてくれるキューピーに段々心をほだされ、車に何かある度お世話になっていた。

 


キューピーは、雑多にタイヤが詰まれた事務所の、小さな机に私を案内するとお湯でカップを温めながら必ず聞くのだった。

 


「で、コーヒーでええよなあ?」

 


そう。

この強面のキューピーこそが、私にコーヒーを飲ませてくる男だった。

 


最初、車を買う契約をする際、なんの有無も言わさず私の前にブラックコーヒーが置かれていた。その時は「客の対応をする時はコーヒー出す人なんだろうな」くらいにしか思わず、少しだけ口をつけて終わった。

 


しかし、キューピーはとても人が良かった。いや、ただただおしゃべりが好きなオッサンであったと言う方が正しい。私が車を持ってくるたびに平均一時間ほどコーヒーを飲みながら雑談をさせてくるのである。

(今日こそ!!今日こそ言うぞ!!「コーヒー実は飲めないんです」って言うぞ!!!言うからな)

 


喉まで出かかった言葉を置き去りにして、私は「あ、ふぁい〜」と間抜けな返事をしていた。

言えない。言えないのだ。キューピーの強面が怖すぎて何も言わず我慢して飲んだ最初の何回かが影響して、私の脳内には「今更飲めないなんて言えない」という葛藤があった。

 


整備が済んだ車に乗って帰る道中、「今日も言えなかった」という敗北感が頭痛とともに私を苦しめた。

 

 

 

 


別の日のチャレンジ。

走行距離がオイル交換日を告げた時、キューピーの頭部が頭に浮かんだ。今日こそは絶対に言う。強い意志を持っていけばなんとかなる。絶対に気まずさに打ち勝つ!!!!!

 


事務所のドアを勢い良くあけ、元気よく挨拶をした。

 


「待っとったよ!!!!!はい!!!!」

 


私の目の前にはコーヒーが勢い良く置かれた。


はえ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

勝てね〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!

 


キューピーは私の車が駐車場へ入ってくるのを見るや否や、カップにお湯を注いでカップを温め、私が事務所に入るまでにコーヒーをついで待っていた。なんでだよ。出来る秘書かよ。ハゲのオッサンのくせに。

 


キューピーは私にコーヒーを飲ませながら陽気に今日も話す。

 


「いやー昔はね、一斉検問いうのがようやっとってね、そこを俺たちは無視して突っ切るんやけど、警察の奴ら2メートルくらいある警棒を槍投げみたいに俺らに向かって投げてくるんよ!バイクの車輪めがけて投げてくるけ、食らったら大怪我よ!!!!ほんで警棒バットみたいにしてバイクのライトをぶち割るんじゃ!!!王貞治顔負けじゃわ!!!!!」

 


ほんで話が濃い!!!!!!!!

フリートークで暴走族の話をするな!!!検問を軽いノリで突っ切るな!!!!

 


その日も敗北を味わいながら帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 


別の日のチャレンジ。

 


またオイル交換の時期がやってきた。

今日こそはと思い、私は力を溜めていた。何度もキューピーと戦うシュミレーションをした。「隙を見せたら終わりよ!話す前に殴る!これが鉄則!」と笑うキューピーを思い出す。

 


勢い良くドアを開け、挨拶をする。

 


「おっ!よく来たね〜」

 


キューピーは私を見て笑う。

話す前に相手を殴っていた頃のキューピーはもういない。いるのは優しくて気の良い元ヤンのオッチャンである。私が正直にコーヒーが苦手と話したら、「はよ言いや〜!」ときっと笑ってくれるはずである。

 


言おう。今日こそ向き合おう。キューピーがカップを温めているのを見て私は口を開きかけた。その時、

 

 


「コーヒーとこぶ茶どっちがええ?」

 

 


キューピーはそう私に聞いた。

 


こぶ茶?????????

急にメニュー増えた??????そして増やしたメニューがこぶ茶????????

 

 

 

「こぶ茶で・・・」

 


私はすごすごと小さく言った。

 

 

「こぶ茶!?自分変わっとるな!!!!!」

 

 

おめぇの二択のせいだよ!!!!!!!

と喉まで出かかったが、相手が喋る前に鼻を折るキューピーの必殺技を想像し、「へへ」と力なく笑った。

私はこぶ茶好きの女になった。

 

その後、キューピーはオジサンになって趣味がなくなってしまったというトークで一時間私を拘束した。「バイク乗ればいいじゃないですか」と私が言うと、「バイクは砂かけババアが砂をかけてくるから転んじゃうからやめた!」という謎のギャグを言ってきた。最近ハマっているのは金魚をたくさん交尾させて高く売ることらしい。

こぶ茶は意外にも美味しかった。

 

 


一度、別の車屋に車を出したことがある。

 

単に職場から近いというだけの理由でそうしたのだが、それに気づいたキューピーは少し寂しそうに「行きたいとこ行きや〜」と笑った。でも、そこでとられたお金を話したら、「うそやん!ぼったくられたなwうちならもっと安いで」と言った。

昔と違い、車屋は不景気が続くらしい。他よりも安くする、というのはどこでもやっている戦術らしい。でも、キューピーにはそれよりもっと違う強みがあると思った。私はなんやかんやキューピーと話す時間が嫌いではなかった。お金を多目にとられたことよりも、キューピーの少し寂しそうな顔を見た時、「他の所へ行くのはやめよう」と思った。

 


その人ととしか話せないことがある、そんなコミュニケーションを、キューピーは何より大切にしていると思った。

 

 

 

 


日はしばらく経ち、4月。
車検がそろそろ切れそうだったので、キューピーの元へ向かった。

世間は未知のウイルスと戦っていた。気軽に誰かに会いに行きコミュニケーションをとることすら難しくなってる。

「今日は早めに帰りますね」と言おうと思った。コーヒーは言えなかったけど、それは頑張って言おうと思う。キューピーが元気にこれからも車を売るために。

 


事務所の扉を開けた。


「世はパンデミックですな!!!!!わはは!!!!!」


キューピーはこぶ茶をいれて待っていた。