リハビリ人生

色々な文章を書きます。

相対性理論の「地獄先生」に感化されている。

学校の先生とは不思議な人種である。




家族とも友達とも違うが距離感がとても近い位置に属している。小学校から高校生において、学校という閉鎖空間に閉じ込められて生活を送る私たちは「身近な大人とは」と問われれば、先生と答えるだろう。私たちは、先生を見て大きくなり、先生を見て大人になっていく。ほかに称することはできない。「先生」は「先生」としか言えないだろう。




高校の先生に忘れられない人がいる。マツダ先生とする。




マツダ先生は大きい。身長180センチで体格もいい。俳優の田中哲司にそっくりな見た目をしている。国語の先生で、ボソボソとした喋り方をして授業中に急に「太陽に吠えろ」のシーンを持ち出して「え…誰もわからないのか」と30近く年の離れた私たちにジェネレーションギャップを今更感じて、ショックを受けていたりする。肝心の国語の授業はボソボソと喋るから結構寝てる人が多かった。


高2のときに担任の先生になって、毎日マツダ先生と会うようになった。マツダ先生は接してみると結構ぶっきらぼうで、懐いてくる生徒には「寄るな寄るな」とあえて冷たく接していた。でもぶっきらぼうみたいに見えて先生は案外面倒見が良かった。文化祭とかになったら、いつまでも教室に残って誰も頼んでないのに難しい制作物を自分の工具を持ち出して作ってたりしてた。そんなことしてる先生、ほかに誰もいなかった。少し変な人だった。でも、優しさに溢れた人だった。




私はそんなマツダ先生のことが好きだった。




「先生のことは好きになってはいけません」となんとなくどっかで聞いたことがあったし、マツダ先生は私と同い年くらいの娘もいた。だからこの想いを「恋」と名付けたらダメなんだろうなあと思いながら、好きという感情をずっと持ち続けていた。




先生のことを目で追っかけるようになった。職員室の中でも結構偉い立ち位置にいるはずなのに先生はいつもその大きな体をへこへこしていた。つくづく不思議な人だな~と思う。私は先生のことがもっと知りたかった。
私は先生にうっとうしがられるくらい先生を見かけるたび追いかけるようになった。


一時、先生の後ろを付け回して先生のお尻のポケットのボタンをはずすという遊びが自分の中で流行った。どう考えてもアウトだ。先生は「やめろ!」って少し笑いながら「オッサンのお尻なんか触って何が楽しいんだ」って呆れていた。私は変なことをして呆れられるのが好きな特殊な性癖を持っているため、めちゃくちゃテンションが上がった。


先生に会いたいから国語をたくさん勉強した。塾に通っていないため、学校で渡されるワーク以外の教材がなかった私は、教科書の指定されていない問題まで解いて答え合わせをしてもらいに先生に会いに行った。昼休憩に先生を捕まえて先生と問題を解いている時間は、私と先生だけに与えられた時間だと思った。


先生はよく咳をする人だった。風邪とかではなくおそらく喘息持ちだったと思う。激しい咳をするたびに私は見ていられなくなった。咳は、先生と私の年齢の差を突き付けているように思えた。先生に何かをあげたかった。咳が止まるような何かを。そこで私はバレンタインデーというチャンスを見つけた。基本的にお菓子を持ってくるのは禁止だが、バレンタインは先生も生徒からチョコをもらうことがあるため、先生は全員見て見ぬふりをしていた。

マツダ先生は結構女子から人気だったため、チョコをたくさんもらっていた。
私は先生が一人になったときを見計らって、チョコの代わりにのど飴をあげた。
「先生いっつも咳してるからさ!チョコよりいいかと思って、はは」
なんだか恥ずかしくて大した会話もせず、驚いた先生からの「ありがとな」を聞いたら私はその場から逃げるように去った。
後から他の国語の仲良かった先生に、どんな反応をしていたのか聞くことができた。

「バレンタインだからってチョコを許すの俺どうかと思うんだよな~、あ、でものど飴は別かな。実用的だからな。」

先生は笑いながら職員室でそんなことを言ってたらしい。
ガッツポーズである。私は先生のことを分かっている!他の女子とは違う!と自慢げに思った。


私があまりにもマツダ先生を追いかけているあまり、その噂はなぜか社会科にも広まっていた。社会科の先生たちは、私が悪い点をとったら「マツダ先生に怒られるぞ~」と茶化してきたりしていた。社会科の先生の中に、古くからマツダ先生をよく知っているミウラ先生という男の先生がいた。ミウラ先生は「俺もあのひと大好きなんだよ…あんなカッコイイ人いないよ」とかみしめるように言った。ミウラ先生は、同僚の視点から見たマツダ先生の魅力を語ってくれた。
マツダ先生は自分のことをバカだと言った。「そんなバカな俺だから好いてくれる生徒もいるのかもな」そう、ミウラ先生に酔って話したらしい。その生徒がまさに私だと思った。

私はマツダ先生のことについてミウラ先生と話したいから公民も必死で勉強するようになった。ミウラ先生は、私が一つ問題を解決すると、マツダ先生の昔話をしてくれた。私はマツダ先生の話を聞くだけで楽しかった。
ふと、マツダ先生の家族の話になった。マツダ先生に娘がいることは知っていた。
「そういえばマツダ先生の娘さんの名前ってなんていうんです?」
と私は尋ねた。


ミウラ先生はふと考えそして思い出したように笑った。

ミウラ先生は私の名前を言った。

マツダ先生の娘と私は同じ名前だった。




私はマツダ先生のことが好きだった。たまにだけど、もっと早く生まれて先生と出会ってたらどうなってたんだろうなと思うこともあった。人と付き合ったことがなく、同世代の異性と話すのがそんなに得意ではなかった私は、恋愛経験が乏しかった。先生のことが好きだったのは、「人」としてだったのだろうか。「男」としてだったのだろうか。



「先生」は「先生」としか称することはできない。






「ぶざまに生きろ」




マツダ先生が私にくれた言葉で、一番覚えている言葉だ。
いつものように職員室の前の机で国語の問題を解いた後に、なんらかの話をして、唐突にそんなことを言われた。


「え?なに、どうしたの?」って聞いたら


「あんまりカッコよく生きようとすんなよ。ぶざまでいいから前に進めばいい。」


って言われた。よく意味が分からなかった。しばらくすると先生は、「こんなこと普通は女の子に言わないけどな。」って笑ってた。




高校を卒業して、マツダ先生とは連絡を取っていない。
先生は元気だろうか。
娘の名前呼ぶとき、一瞬でもアホな顔した私のこと思い出すといいな。












っていう小説を考えてみました。作り話にしてはよく出来てるなあ。


そういうことにしとこう。うん。