リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

文脈をたどる旅行記


「あのクソジジイ何だったんだろうな」

ピリきゅう、理性、すずめ。
女3人ドライブの最中、日本海沿いを走りながら誰彼ともなくぼやく。
鳥取の漁港で美味すぎる海鮮丼を食べて、すなば珈琲でまったりしたひと時を楽しんでいた時、観光協会を名乗るオジサンが私たちの旅行の予定を根掘り葉掘り聞いてきた。

「きゅうちゃん、ちゃんと答えてたけどあの首からぶら下げてた許可証、実は全部自作であのジジイ私たちの個人情報盗もうとしてたらどうすんのよ」

ジジイを最初から訝しげに見ていた理性ちゃんは指摘する。理性で倫理観のなさを隠し、人間の形を保っている理性ちゃんは、実はちゃんと頭が良く人一倍冷静に周りを見ている。

確かに謎の観光協会なんて本当にあるのか誰にも証明することはできない。なんにせよ、クソジジイと形容されるに然るべき、とても無愛想な人だった。
どこから来たのか?何キロ走ってきたのか?旅館はどこに泊まる予定か?旅館代はどれくらいか?など色々な尋問にアホの如く素直に答えてしまった手前、今更相手の信用度の低さに不安になってもしょうがないと私は思った。「鳥取まで走ってきたキロ数を女の子に聞いて興奮する性癖の変態だったのかもしれない」とヘラヘラボケた。

「アイツ、本屋はパスって言ったんよな」

すずめちゃんはムスっとして言った。
鳥を飼っていて何よりもすずめが好きなすずめちゃんは、自分の気持ちをいつも包み隠さず私に伝える。不機嫌そうな横顔は、やはりすずめに似てきたなと私は思う。

旅行予定尋問オジサンが今後の旅行の予定を聞いてきた時、私たちは正直に「有名なある本屋に行ってくる」と答えた。

しかし、オジサンは「いや、本屋とかは別に良くて、観光地は?」と少し嘲笑気味に言った。
私たちは顔を見合せた。
オジサンは、「あーじゃあもういいです」と次の質問にいった。
オジサンは、あくまでも観光地に対する需要の情報を集めることのみに執着してたらしい。広島からわざわざ本屋を目的に鳥取まで来たことを掘り下げない思慮の浅さや、「本屋」そのものを下に見るような態度に、不快感を覚えた。


クソジジイがクソジジイであった所以はこれくらいでいいと端に置いとくとして、私たちは本屋に行く以外に特に予定はなかった。むしろ、鳥取に行くことに決めたのはこの本屋があったからだった。



定有堂書店
街の個人店の本屋がどんどん潰れていく昨今。鳥取にあるこの本屋は、とても有名で本好きが集まってくる。

古き良き外観の商店街の中に、その本屋はあった。
文脈やテーマを意識した本棚は、出版社順ではなく考え込まれた並びで本が並んでいた。
店内をぐるりと1周すると、何度も同じ本と目が合う。選んで欲しい本は何度も目につくところに置いてあり、買う本を選んでいるだけで、店長と会話をしてる気分になる。
定期的に発行しているフリーペーパーは64号まで出ている。店長のエッセイや、鳥取で働く様々な人の文章が並ぶ。
レジ前には「今月の読書会図書」と書かれた哲学書が置いてあり、この店を通じて、人の交流が広がっていることが、ありありと想像された。


呼吸を荒くしながら6000円近く本を買い、店を出て深呼吸をしたら、すずめちゃんと目が合った。すずめちゃんは「眩暈がする」とうなだれていた。

車に戻り、すずめちゃんと定有堂の話を30分ほどした。街の本屋をテーマに大学の卒論を書いたすずめちゃんは、ずっと来たかったこの本屋を前にして、色んな想いが込み上げたようだった。
私は私で、本業が少し本屋に関連している部分があるため、熱を入れて感想を話した。
そして、30分ほど話して「教養が欲しい」と嘆いて終わった。私たちにはまだあの本屋と会話するだけの体力がなかったようだった。

後部座席に座っていた本をあまり読まない理性ちゃんは、ずっと黙って話を聞いていた。話は変わり、通り過ぎたつけ麺屋の話になり、すずめちゃんが「あそこの麺、固くて太いよね」って言った瞬間に「それってちんぽのこと?」とすごい勢いで言ってきた理性ちゃん。久しぶりに口を開いた彼女は身を乗り出していた。




その後の予定も脈絡もない私たち。

・荒れる日本海を見て「生理中の心」とぼやくすずめちゃん。
・どう見ても下ろせないキャッシュコーナーで金を下ろそうとしている無知すぎる私を横目に、「最近私はきゅうちゃんに何かを期待するのはやめた」と話すすずめちゃん。
・旅館の受付のインターホンを鳴らすと、バカデカい音楽とともに申し訳なさそうに小走りで出てくる、小室圭に似ている若旦那。
・瓶ビールを盛大にこぼして2人からちゃんと冷たい目で見られるピリきゅう
・自分が部屋の鍵を忘れているのに、鍵がないことを全員の責任だと勘違いしてヘラヘラして、ちゃんと怒られるピリきゅう。
・朝なんの準備も始めないピリきゅうと理性ちゃんを見て、「2人が何も言わなくても朝ごはん前にちゃんと化粧をして出かける支度がテキパキできる人間だったら、たぶん私すごく疲れてたから、改めてクソでありがとう」と感謝するすずめちゃん。
・すずめちゃんが鏡の前で髪をといてる最中にいきなり鏡の前の立ち位置を奪い化粧を始め、「外来種の立ち振る舞いをしてごめん」と謝る理性ちゃん。
・帰り道、無計画に行ったら最高だった蒜山
・「その辺に駐車しようよ」と言われ、受け取った言葉通りに目の前の道無き意味分からない場所に駐車しようとするピリきゅうを見て、ついに発狂するすずめちゃん。
・一心不乱に鯉に餌をやりながら、「普段もコンビニで食パンを買ってずっと鯉に餌をやってる。8きん」と真顔で話す理性ちゃん。



「私たち、なんの予定も立ててなかったけど、ずっと正解だったな。」
すずめちゃんが帰り際、つぶやく。
「あのクソジジイって本当にクソジジイだったけど、でもクソジジイって言える思い出を作ってくれてあれはあれで良かったのかもしれない。」
理性ちゃんが言う。
「クソジジイって、いつだって言いたいもんな」
私が同意する。


文脈のある本屋だけを目標に始まった、脈絡のない旅が終わりを告げる。
私たちの生活もずっと未定が続いてく。
曲がるはずのなかった道を曲がり、笑ったり疲れたり、怒られたりする。

理性ちゃんを家まで送り終わった後、すずめちゃんを駅まで送る道中、「ずっと人と一緒にいると、別れた後反動で寂しくて泣いちゃうんだよな」と私が漏らすと、すずめちゃんはポカンと私を見た。
「共感しないんかよ」と私が言うと、「うん、別に」とすずめちゃんは言う。
「だって、やっと一人だなと思う。一人は一人で良いから」とすずめちゃんは笑っている。

また思ってもみない返しがくる。
脈絡がないように見えて、それは、線の遥か遠くで私たちの人生を小さく変えていく。

思うように定まらない私たちの日々をずっと「大丈夫」と形容したい。