下ネタに対する嫌悪感はほとんどないものだと思っていた。
なんなら好きである。
東に性事情を赤裸らに語る女子会あれば、行ってツマミに酒を飲み、西に面白いエロ漫画の煽りがあれば、読んで腹を抱えて笑う。
ドロドロした恋愛の情事が描かれた本を好んで読み、儚げな純情乙女がこれを読めば、「やだ!わたしったらこんなもの読んで・・・」と顔を赤らめるんだろうなと想像したりする。
強いて言うなら、下ネタは好きな割に、登場する部位等の名称をハッキリと口にするのは躊躇いがあるなという自覚はあった。
そんな時、NHKでアニメ「おしり探偵」のオープニングを見た。
おしりをモチーフにした顔は、柔らかそうな頬?のあたりがほんのりと赤らんでいる。
おしり探偵が愉快に助手と踊り、登場人物たちと物語をくり広げていく様がよく分かる楽しいオープニングだった。
私はその時、自分の顔が熱くなっていくのをなぜか感じていた。
「や、や、やだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!おしりって〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
私は見ていられないくらいはずかしくなってしまった。自分の心に何が起きたのかは全くわからなかった。ただ、私の心には、黒髪つややか三つ編みの乙女がこの映像を見ることを必死に拒んでいるのであった。
口調から察するに、おしり探偵はどうやら紳士的であるらしかった。そんな風貌をしているのに、紳士の振る舞いをするなよと思った。
そして茶色の何らかの生きものである助手の名前が「ブラウン」なのは、主人がおしりであることと何の因果関係があるのか考えたくもなかった。
アニメにしては長めのオープニングが終わろうとしたところ、おしり探偵が何か決め台詞を放った。その瞬間おしり探偵の口(おしりであるところの割れ目)から黄色い着色をした空気が出てきて一面を覆った。黄色い霧が晴れた時、助手のブラウンが苦痛に顔を歪めて倒れていた。
「もう勘弁して〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
純粋無垢の黒髪の乙女は失神寸前だった。
もうこれ以上見てられないという気持ちでチャンネルを変えた。
おしり探偵との出会いは、私の下ネタへの価値観を考え直すことになった。
男女の性事情は好きだ。そこに下品さを感じたことはない。男と女のエロチシズムを帯びた交わりに対し、文学的な美しさを感じている節があるかもしれない。肉欲を抱く乙女も私は美しいと思うし、魅力的だと思わざるを得ない。
私はおしり探偵の出会いと共に自身の過去を思い返した。
そして、ある推測にたどり着いた。
恐らく私は排泄にまつわる下ネタが受け付けないのだ。
学生だった頃、よく女同士でトイレに行くグループがいた。「○○トイレ行こー」といった具合に仲の良い友達を連れ出して女子トイレに向かう。私はこれが考えられなかった。私はその空間で誰かが喋っていると落ち着いてトイレが出来ないほどに、己の排泄に対し羞恥心を持っていた。現に、トイレに行く際には最も離れた校舎まで移動して誰もいない所でトイレに行くのが普通だった。
なぜだか分からないが、「排泄=恥ずべき行為」という強い観念に縛られており、私はいまだに家族の前で放屁することすらできない。(放屁に関しては、文字にすることすら本当に恥ずかしくて今頑張って書いている。おならなんて言おうものなら、頭を壁に強く打ち付けてしまいたい。)
頑張れば「うんこ」とは口に出すことはできる。
たとえば、負け惜しみの気持ちを込めて相手をけなすときに
「ばーかばーか!うんこー!」
と小学生がごとくののしることは出来る。
ただ、自分の排泄を報告するために、
「今朝の私が肛門からひねり出した一本糞は、うんこ史に刻まれるべき類まれなる立派な出来でございました・・・」
というのは絶対に恥ずかしい。やだー!もー!
下ネタがなんでもイケると思っていた私だったが、案外自分にも黒髪の乙女がいて、顔を赤らめて背けるような一面があるらしい。可愛い所あると思いませんか?
「・・・・ってことでそれをおしり探偵見てて気付いたんだよね。」
GWの真っ只中、私は友達とzoom飲みをしながら、そんなことを話していた。
「だから、漫画とかである、だらしのない人が部屋でオナラする描写とかもメチャクチャ恥ずかしいんだよね・・・」
私はそう言いながら、一体私は飲み会でなんの話題を話しているんだろうかと正気に戻った。25にもなって共感性0の話題を酔って提供している。この状況こそが恥ずべき状況なのではないかと一瞬思った。
すると、黙って私の話を聞いていた友達のすずめちゃんがこう言った。
「じゃあ、オナラの代わりにだらしない人が部屋で脱糞してたら恥ずかしくないってこと?」
どうしてそうなるんだ。
それはだらしないどうこうの話ではないだろ。急いでトイレに駆け込めよ。
「それは笑っちゃうし、たぶんその漫画は私好きだな。」
そしてこんな話を真剣に聞いてくれる友達の存在が好きだ。
私の中の黒髪の乙女も、笑ってそれに同意した。