スマホの普及でインターネットがより身近になり、今では誰でも自己表現がしやすい時代になっている。自分の特徴の中で何か一つでも秀でたものがあれば、誰だってスターになれる。そんな時代になってきた。
そこで最近流行っているのが「配信アプリ」だ。
少し前に私も生配信アプリなるものにハマっていた。だれでも「ライバー」として生配信ができるアプリだった。ちなみに配信をする方ではない。私は声質があまり良くないし、動画などで自分が喋ってるのを見ると「早口で顔が長いオタクが口をひん曲げながらしゃべっている!!ボケが分かってもらえなかったから同じボケを3回連続で言って友達に『聞こえてるし別に面白くないよ』ってたしなめなられている!」としか思わないので、私はライバーとしてチヤホヤされる希望をはなから放棄していた。
となるとそう、わたしはチヤホヤされる側でなく、ライバーの女の子を全力でチヤホヤするのにハマっていた。
(ここからしばらくただ私が「配信アプリにハマっていた」ということを説明するためだけの気持ち悪い文章が続くので「本題にうつる」まで読み飛ばしてもらっても大丈夫です)
「しらぽんちゃーーーん!また来てくれたんだね〜!!」
画面の向こう側の女の子は私の目を見ながら笑う。間違いなく私の目を見て喋っている。しらぽんとは白子ぽん酢という私がそのアプリで使っていたハンドルネームである。(余談だけどお酒に合う食べ物が好きなので私がネットで使ってる名前は全部美味しそうです)
最初に始めたのは応援してるラジオのパーソナリティがそのアプリを始めたからだったが、元々可愛い女の子が好きなので、女の子の配信を見ていくうちにドハマりしていた。
「わぁ!しらぽんちゃん!すごーい!!ありがとうー!!!(拍手の音声)」
画面の向こう側の女の子が喜んでいる。画面ではそのアプリの公式キャラクターが光るサイリウムをもって踊っている。
わたしは金の力でソイツを召喚して踊らせていた。
配信アプリはいわゆる投げ銭のような仕組みでライバーを応援することが出来る。投げ銭されたポイントが多いほど、応援している女の子はランキング上位にあがることができる。
人生の価値は何本のサイリウムを好きな女のために振ったかどうかで決まる。ときめきのプリズムは金の力で手に入れるのだ。
おいお前!もっと真面目に振れサイリウム!なんだこの公式キャラクター!!異形のコアラみたいな風貌しやがって!!驚愕の可愛くなさだな!!!!!!
本題にうつる。(ここまで読み飛ばした皆!正解だよ!)
その女の子の配信で、私はあるオジサンの存在が気になっていた。
「今日も〇〇ちゃんが一番かわいいね😊😊💖💖」
オジサンのコメントはいつも人一番光っている。オジサンはこれでもかというくらいに絵文字を使う習性がある。バブル崩壊、リーマンショック、様々な時勢の荒波を超えてきた男たちは、絵文字の気持ち悪くない使い方を覚えずに今日まで生きてきた。
そのオジサンはその子を死ぬほど応援していた。アイコンはその子の顔写真にし、日々サイリウムを振り続けていた。その子の配信で一番金を落としているのはそのオジサンだった。
金を落としているからこそいつも女の子はそのオジサンにちやほやするし、相手もする。オジサンとしては満足のはずである。
「よし、じゃあそろそろ寝るね‼️おやすみ‼️🤩🤩🤩」
オジサンがそうコメントを残すと、女の子は「あ、寝るんだね!〇〇さんおやすみなさい、また遊びに来てね♪」と画面に向かって言ってくれる。
しかし配信を見ていることを示す、頭上のアイコンのマークにオジサンは居続けている。
そしてしばらく経ってからいきなり異形のコアラにサイリウムを振らせて「あれ!〇〇さん寝てなかったの〜!ありがとう〜笑」と女の子に言わせる。そしてまたおやすみを言わせる。
このやり取りを毎日数回繰り返しやっている。
だっっっる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
見ている側からしてもメチャクチャだるい。
オッサンが「おやすみー‼️」と言い残してから無言で配信画面を見続けているのを想像すると怖すぎる。なんなら結局毎回その子が配信を終えるまで居続けてる。確実に女の子の「〇〇さんおやすみなさい」が何回も聞きたくてやっているのだ。れっきとした罪である。強制おやすみ罪で書類送検である。
「今日、俺も配信しちゃおっかなー‼️🤓」
ある日、そのおやすみ言わせオジサンはコメント欄にそんな言葉を残した。女の子は「そうなのー?いいねー!」と言いながら「見に行きますね!」とは一言も言っていなかった。そりゃそう。
そんななか、私はオジサンとなんやかんや配信のコメント欄上でお互い挨拶を交わす仲だった。常連であると共にその子の配信は基本視聴者が男性だったこともあって、私のような女がいるのは珍しかったというのもあるかもしれない。オジサンからフォローを受け、わたしもオジサンのアカウントをフォローしていた。
その子の配信が終わり、しばらくしているとオジサンの名前と共に「配信を始めました」という通知がスマホの上部に上がってきた。
いつもあの子にダル絡みをしているオジサンはどんな顔でどんな声をしてるんだろう。
私は軽い好奇心を持って、オジサンの配信部屋に行くことにした。
アイコンをタップするとそこにはただ暗闇が広がっていた。
「ひょ」
思わず怖くて変な声が出た。
帰り道配信など、暗い画面での配信も無いことは無いが、一切の光がない配信部屋だった。
そして閲覧者を示す数字は1。
その真っ暗な部屋には私とオジサンしかいないのだった。
「こんにちは‼️」
しばらくするとコメント欄にオジサンからコメントがきた。
「すいません今😭😭💦💦」
「マイクの調子が悪くて声が出せないんだけど💦💦」
うそつけ。
なんかわからんけどうそだと確信した。はなから自分の声を出す気はなかったんだと思う。とりあえず「全然大丈夫ですよ〜」と返した。
それにしても話すことがないし、暗いの二重苦である。でもすぐに退室するのはなんだか申し訳ない気がして、出るに出られない。
もし私が来なかったらこの真っ暗な部屋で一人で何分間配信をするつもりだったんだろうか。一人暗い部屋で待っているおじさんのことを考えると怖くなってきた。
そんで喋ることもない。何喋ればいいんだよ。
その時、一瞬だけ部屋のあかりが点いた。
見えたのは、和室と思われる部屋の壁、本棚、そして
オジサンの生足だった。
いやなんで?
なんでオッサンの生太ももを見せられた?
そしてまた暗闇に閉じ込められた?
なんで?
「ごめんごめん〜😝😝一瞬部屋の明かりついちゃった!!」
と謝ってくるオジサン。
いや、部屋の電気はつけててくれ。
ずっとつけてるのが正解。
一瞬つけて生の太ももが映るのが不正解。
それがオジサン部屋クイズの答え合わせ。
そこで考えて、オジサンがいつもおやすみを言ってもらうために試行錯誤をしているという事実から、このオジサンはこの状況も楽しんでるのではないか?という気がしてきた。
配信をしている推しの女の子ではないが、一応若いメスだと認識している女が自分の部屋にやってきて、2人でお話をしているというこの状況。
なんなら太ももも映りこんだという訳ではなくわざと見せてきたのかもしれない。
というかこの人下着履いてるのか。
あ、今考えたのは無しで。考えたらいけない領域に今踏み込んだ。
色々なことを考えて、私はこの部屋から脱出するしかないという結論に達した。オジサンと二人きりの暗闇密室配信。この脱出ゲームあなたならどうしますか?
暗闇を明るく照らす光、あなたはなにを使いますか?
未来を切り開くのプリズムは、自分の力で手に入れるのだ。
私は自分の課金したポイントを確認した。
そして光るサイリウムでその部屋を照らしたのだった。
この部屋を脱出する鍵はサイリウムだったのだ・・・。
オジサンはポイントがもらえて嬉しそうにしており、その隙に「また来ますね〜✌🏻️」とコメントして配信部屋から出て行った。それ以来もう行くことはなかった。
思えば別にさっさとボタンを押してすぐに出ていけばよかったのだけれど、上がり込んで何もせずに立ち去ることがなんとなく私には出来なかった。毎日同じ配信部屋で顔を合わせてるという積み重ねが、そうさせたのかもしれない。
そのあと、しばらくしてあまり配信は見なくなり、わたしのスマホからサイリウムをふっていたキャラクターのアイコンはなくなった。
承認欲求の行き先は虹色のサイリウムになって、女の子を輝かせる。
オジサンが私があげたポイントでレベルを上げ、私の代わりにあの女の子のためにサイリウムを振っていることを想像して、なんとも言えない気持ちになりながら、部屋を暗くして今日もまぶたを閉じるのだった。