コンパニオンではお酒の入った男性を相手にするのである。そして、キャバクラのように守ってくれるボーイなども存在しないので、場合によってはお客様が無理やり女の子に触り出すこともある。
そんなコンパニオン。
宴会コンパニオンとして働いていた時、何回か「これはどうするのが正解なんだ?」と思ったことがあった。
これは、私がコンパニオンをしていて一番難しかった事案である。
その日私はサブチーフとして宴席に入っていた。(チーフやサブチーフは宴会によって事務所にわりあてられる。チーフは幹事に二次会の交渉をしたり事務所への連絡などをし、サブチーフはチーフのアシスト及び、女の子の席移動の指示などをしたりする。)
女の子は10人ほど。
どうやら初めてうちのコンパニオンを呼んでくれた会社らしかった。
打ち合わせから帰ってきたチーフは「今日はやばいかもしれない」と私に告げた。
私はチーフの「やばい」をガラの悪いお客さんが多いのかな、くらいに認識した。
そのあとやばさを肌で実感することとなった。
乾杯の合図があるまで、コンパニオンは宴会場の廊下で待っている。
その日はえらく乾杯に至るまでが長かった。
というか全員揃っているであろうに何の物音も聞こえない。
静けさに包まれている。
姿勢を維持しながらもいつ始まるんだと気になっていたら急にカラオケが始まった。
長渕剛の曲だった。
はぁ〜んカラオケしてから盛り上がって乾杯に行く奴ねと思った。しかし、どうやら盛り上がってはいない。
長渕剛の曲をしっとりと歌い上げている。
なんならよく聞くと歌声に嗚咽が混じっていることに気付いた。
「このオッサン・・・乾杯前に長渕剛をしっとりと歌いながら泣いている・・・?!」
いまだ静けさに包まれている会場に、そりゃ乾杯前にこんな雰囲気にさせられたらこうなるよね!?と共感の意。
お酒の席だよ!元気に行こうよ!と思っていたのだが、乾杯の合図があり部屋の中に入って整列した瞬間チーフが言っていた「ヤバさ」の正体を知った。
どう見てもカタギの人間ではない風貌の人たち。
笑みを一切浮かべずこちらを見つめる男達。
袖から見える墨の跡。
マイクを戻す涙目の厳つい顔のオッサン。
そして、
端には一人の男の写真立てとビール。
あ、そゆこと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????????????????????
全てを理解した私は、今日の目標を「延長をとる」ではなく「生きて帰る」に変更した。
呆気にとられていると、涙目の親分から「はよ注ぎに来いや!!!!!」と怒声が飛び交った。乾杯終わりに飲み干したであろう一人一人のグラスに私たちは急いでビールを注ぐ。
そして私は最初の難関に立ちはだかる。
この写真のお方にはビールをお注ぎした方がええんですか・・・・・・・・・??????
周りを見渡すもまだ談笑すら始まってない空気。様々な思い出があるであろうこの写真の方に、私みたいな人生の酸いも甘いも経験してない小娘がビールを注いでええんですかい・・・・・・・・・????
どうしようか迷っていたら親分がそこへ来て「貸せ!!!!!」と手を差し伸べてきたので、急いでビンのフタを開けて「はい!!!!!」と渡す。
おやびんは写真の人物のグラスにビールを注ぎ、自分のおちょことカチンと合わせ、しっぽりと飲み始める。
完全に話しかけてはいけない空気なので、かろうじて話しかけられる人の元へ移動しようと思っていたらチーフから声がかかる。
「今日しらぽんちゃん、上座固定で」
ありがたいお導きかと思えば、地獄への誘いだった。
上座は親分とその右腕左腕の席で親分は今私の横で写真の人としっぽりキメている。
今日の宴席は、親分の機嫌に全てかかっている。今の所声をあげたり激しい態度をとってくるのは親分だけだった。
親分の機嫌が保てれば今日の宴席は無事終わる。生きて家に帰れる。
静けさからようやく談笑もできるようになり、下座の方から「俺ちんぽまで墨入っとんよ!!!見る!?」という声も聞こえてきた。正直そっちと変わりたかった。
下ネタトークを率先してやりたいわけではないが、今なら「何の墨!?昇り龍!?」とか合いの手を入れて盛り上げられる気がする。
願いは叶わず親分が上座にしっぽり帰還をキメた。
ここからが勝負だ、と思い私は心の刀をキンッとひく。
構えて向かったものの、思っていた以上に親分とは早めに打ち解けることが出来た。
親分に気に入られた理由は主に2つだった。
1つ目が私の名前が、昔好きだった女の名前だったということ。
2つ目が私の出身地が親分の好きな場所だったこと。
とても怖かったが、これでなんとか無事に生きて帰れると思った。人は見た目で判断するべきではないのかもしれない。親分は嬉しそうに私の名前と同じ名前の女の思い出を語った。
涙ながらに長渕剛を歌った彼は人情にあつく、思いやりのある人なのかもしれない。
「ええか、女はずっと美しくあれよ」
親分は私の目を見てそう言った。
私はそれを義務のように受け取った。
宴会は縁もたけなわとなり、地獄のムードで始まった空間も今では和気あいあいとしていた。
最後の曲と言って、下座にいた人たちが全員で長渕剛の乾杯を肩をくみながら歌っていた。ちんぽ昇り龍の男もマイク無しで声を張り上げる。
笑いながらそれを見ていたら親分に肩を叩かれた。振り向くとこっちにおいでと手招きをしている。
本当はダメだが私は言う通りに親分の真横についた。
すると親分は私を持ったまま立ち上がり、私の腰に手を当てて言った。
「チューしよや」
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
おやびんおやびんそこまで親密になろうとは思ってないよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
脳内が混乱するがおやびんの目はメチャクチャ真剣である。
私の目を一直線に見つめている。
というかたぶん私の奥にある昔の女を見つめている。
ちんぽ昇り龍たちは私と親分を見て歓声をあげながらより歌声に勢いを増す。サビが会場内を包み込む。
この場における正解とはなんだ!私はどうしたらいい!?親分の瞳を見つめ返し、決心をする。
乾杯!
今君は人生の
大きな大きな舞台に立ち
ムチューーーーーーーーーーー
親分との熱い接吻を受け入れてしまった。
仲間との別れで悲しむ親分に、元気になってほしい。
この気持ちが私の正解だったのかもしれない。
遥か長い道のりを歩き始めた。
君に幸せあれ
曲が終わり、締めの乾杯を終え、無事宴会は終わりを遂げた。
「生きて帰る」という目標はなんとか達成することが出来た。
人生はどうすれば良いかの選択肢の連続であるが、私が立たされた岐路はキスで良かったと自分に言い聞かせている。
なぜかって?
「お前その貧乳どうにかならんのんけ」
そうじゃないと別れ際に一言いった親分のハゲ頭をぶん殴りたくなったから。