リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

どんくさの血統


私はかなりどんくさい。

足は遅い。
体力がこれでもかというほどない。
走り方も歩き方も変だ。
何もないところで転げまくる。

思春期、運動神経は母親側から遺伝すると知り、この呪われた血筋を自分の代で止めることが出来ないことを察した私は絶望感に苛まれた。
運動神経が良かったら私の人生の幸福度はどれくらい上がっただろうと学生の時何度も思った。
また、気が強そうな見た目をしているのか、絶対に「バスケ部?」と聞かれ体力測定の時には期待の眼差しで見られるのだが、こちとら「明日」を「希望」と読むような背筋が凍るポエムを延々と書き連ねていた文芸部である。50メートル走で、「手加減してね〜」と言ってきた隣の子の背中がどんどん遠くなっていく様を、遅い足をバタバタさせながら私は追いかけていた。そこに希望などなかった。

今日のブログはそんなどんくさい私のある日の下校の話である。


私が通っていた学校は山の上にあり、帰る時は大きな坂を自転車で乗って降っていくような所だった。坂の途中に大きな池がありそこに、学校に嫌気がさした生徒が教科書を投げ入れてるとか、池のヌシがその学生の鬱憤の塊を食べて巨大化してるとかいう噂も聞いた。

坂は急角で池をなぞって急カーブする構成になっている。私は自転車でスピードを出してくだっていくのが怖くていつもブレーキを踏みながらくだっていた。

しかし、その日は雨だった。


「キキキキキーーー!!!!!
ガシャーーーーン!!!!!!!」

何もないところで転げる天才こと私にとって、雨の日の急カーブで転げるなど笑止千万。そう。転げたのである。なんの面白みもない。こうなるだろうなと思ったタイミングでその通りにやり遂げる女。

私は自転車から落ち、顔が道路に激突した。
一瞬パニックになったが、「こんな恥ずかしい所同級生に見られてはならない」と震える身体を起こし、とっさに違和感を感じた口元に手をやった。


血が。
血が出ている。


口から血が出ていることに気がついた。鏡を持っていなかったのでどう傷が付いていたのか分からなかったが、私の口から血が出ていた。そのことは私をパニックの渦に引き込むには充分だった。

パニックどんくさ流血少女は考えた。
そして、「とりあえずこの口から流血している姿を同級生に見られるわけにはいかない。」という結論に落ち着いた。
「4組の梅くらげは下校時には口が裂けてるらしい」という噂が広まろうものなら、私のときめきスクールライフは終わりを遂げる。高校3年間処女のまま終わりを遂げる。(なお高校3年間処女のまま終わりを遂げた)

「どうにかしてこの口裂け流血状態をなんとかせねば!」と思った結果私が生み出したのはこれだった。


ティッシュを噛みしめながら家に帰る。


ティッシュは私の口裂けから流れる血液を吸収し、口元から垂れ流れるのを抑えてくれると考えたのだった。
実際やってみたら、口内に異物が入ってきたことによる嫌悪感で歯磨きをしながら嗚咽音を出すジジイのモノマネをしてしまったが、誰にも見られなかったので、「4組の嗚咽ジジイ」の異名を唱えられることはなかった。


ティッシュを噛みしめ時々嗚咽ジジイになりながら、必死で家に帰った。
雨の中、自転車を漕ぎながらカッパはなんの意味もない。ごうごうと降りしきる雨は、少女をびしょ濡れにした。

視界が悪く、血塗れのティッシュを食ってるので脳の回転も衰え、何回もこけそうになった。
道中に突如現れる地面からニョキニョキ生えてる車止めの石にドゥンッてぶつかったりもした。
あれなんの為にあるんだ。こんなところに車なんて通らんだろ。
血塗れのティッシュ食ってる口裂けの処女がドゥンッてなることを予想出来なかったのか。予想しろ。口裂けのどんくさ処女がこの街にいることを。


口から血は止まらないし、疲労でいっぱいだし、雨でびしょ濡れでいつもなら40分で帰れる所が帰宅に1時間以上かかってしまった。
携帯を持っていなかったため連絡出来ず、門限に厳しい母親に怒られることも予想したが、正直に今日あったことを話そうと思った。

私はどんくさい。
どんくさい私の人生をせめて母親に肯定して欲しいと思った。


家の扉を開けると、何か言いたげに母親が近寄ってきた。


「・・・ヒャッ」

私の顔を見た瞬間母親は小さく悲鳴をあげた。
そして、私に向かっておそるおそる言葉を発した。


「・・・な、生肉?」


予想だにしなかったワードが入ってきた。
生肉がなんだ。びしょ濡れの娘が帰ってきて他に何かないのか。母親は何も答えない私に続けて聞く。


「なんで生肉食ってんの・・・?」


そこで察した。
母親は私の口から出ている血塗れのティッシュを生肉だと思っていた。

雨の日に生肉食いながら帰宅するって一体なんだ。

平成の日本のどこにそんな野性的な女子高生がいるんだ。
ひと狩り行こうぜじゃないんだ。これは血を吸収したティッシュだ。

 

「にゃ、にゃまにくひゃにゃい・・・・・・・・・」

 

私は傷の痛みと口の中のにゃまにくで喋ることが出来なかった。
事態を察した母親は転げ回って大爆笑していた。

 

「生肉かと思ったwwwwwwwwゲラゲラゲラゲラ!!!!!!!!! なんで生肉食ってんのwwwwwwwwゲラゲラゲラゲラwwww」

「にゃまにくひゃにゃい・・・・・・・・・にゃまにくひゃにゃい・・・・・・・・・」


私はホロホロと涙を流しながら生肉を噛み締めた。

次の日、私が生肉を噛みながら血まみれで家に帰ってきた話は親戚中に広まっていた。


呪われた血筋は延々と続いていく。

ティッシュに染み込んだどんくさい私の血も受け継がれ、また新しいティッシュへと染み込んでいく。

自分の人生は自分で受け入れていくしかない。そして、いつか生まれてくるわが子の人生も、受け入れさせるしかないのだ。

生肉に笑い転げた母親は、星雲のコマーシャルを歌いながら陽気に風呂に入っている。