リハビリ人生

色々な文章を書きます。

全てを憎んでる人の話

その人はこの世のすべてを憎んでるかのような顔をしていた。

「語り始めたらね、不満が止まんないんですよ」


その本屋はジリジリと暑かった。細い道を入っていったところにある、病院を改装して作られた古本屋。看板は一見看板だと気づくことはできないし、平日は23時~27時のド深夜にしか営業していない。まるで誰にも入ってほしくないみたいだ。
置いてある本はてんでバラバラで、最近入荷した話題の本もあれば、光ったりベッドが回転したりする昭和のラブホの写真集だったり、モザイクという概念がなさそうな昭和のポルノ雑誌とか、調律のあってないギターとか置いてあったりする。

なんだか色々いい加減だ、と思う反面、案外それが心地よかったりする。
ざっくばらんとしているようで、どこか一貫性がある、独特な雰囲気をもつその店が私は好きだった。

その日は学生時代の男友達と、その本屋がある小さな町に来ていた。メインイベントは、その町の一つの寺にある鳩の餌を買い鳩と戯れて仕事などの日頃の鬱憤を晴らすことだった。正直くそ暑いのに外で鳥とわざわざ触れ合うとか勘弁してくれと内心思っていたが、あまりにもそいつが、目を輝かせながら「鳩って・・・かわいいぞ」とか言うもんだから、ちょっと気になって誘いに乗らざるを得ない。
そしてお目当ての寺に行く道中、件の本屋の看板を見つけ久しぶりに行ってみたくなり(というかすでに暑かったので休憩がしたく)、その友人も本をそれなりに読むタイプだったので入った。



おやすみプンプンなんてねえ・・・読まない方がいいですよ」


それが店長が私たちに話しかけてきた言葉だった。
私たちが、レジの近くにある棚に置いてある浅野いにおの「おやすみプンプン」全13巻セットの話をしていたときだった。

おやすみプンプンは、ヒヨコの姿で描かれた少年プンプンが小学生から大人になるまでの人生の波乱や、感情の激動を描いた作品である。
出だしの世界観などがシュールで(小学校で物語の本筋に関係ないところで校長と教頭が奇声をあげながらかくれんぼをしていたりする)、そこについていけなかったり、プンプンの鬱々とした感情の表現が過剰に重々しかったりする。

店長はよりによって私が友人に「おやすみプンプンあるやん。めっちゃ面白いよこれ」と話していた時に、「読まない方がいい」と釘を刺してきた。
店長と話すのはこれが初めてだったし、いきなりそんなことを言うもんだから思わず笑ってしまいながら「どうしてですか」と私は聞いた。


「めんどくさいんですよ、プンプンは。こいつは一の感情伝えるのに原稿用紙何枚分も使わないと言い表せないんですよ。一つのことにくよくよくよと。あとこいつ本当に頭のおかしいやばいやつみたいに描かれてるけど、結局はめちゃくちゃ平凡などこにでもいる奴なんですよ。そういうしょうもないところも嫌い」

店長はまくしたてるようにプンプンの嫌いなところを言っていった。いつも物静かに座っていたので、そんなに早口でしゃべれるとは思っていなかった。


そして私は、店長が言ったプンプンのいやなところ、それが私のプンプンの好きなところだと感じていた。
学生時代、新刊が出るたび本屋に急いで買いに行った漫画はおやすみプンプンだけだった。私はめんどくさくて重々しく色んなことを深く考えてしまうけど平凡なプンプンのことが好きだった。どこか自分と重ねていた部分もあったのかもしれない。


「ようするにこいつは俺みたいなんすよ。もうそれも含めて嫌い。」


自分と重ねていたという気づきと共に、店長もそれと同じことを言った。


「私は好きなんですけどね、プンプン」

と私が言うと、

おやすみプンプンとか、太宰治の『人間失格』とか好きなんですとか言ってくる女は終わってますからね」

と言い放った。
それまぎれもなく私のことやないか。
プンプンはおろか浅野いにおの作品は全て本棚に揃っていて、人間失格はプレミアムカバーやら新潮文庫の古いものやら、集めまくっている私のことやないか。

ここで怒ったり気を悪くして店を出てもよかったのかもしれない。
「終わっている女」こと私は、その頃には完全に店長のひどい言い草の虜になっていた気がする。
けなされているにも関わらず、面白くて笑いが止まらなくて、私は店長の話をもっと引き出すことにした。


店長は私の質問に何でも答えてくれ、そうしてすぐ分かったのは店長と私が地元が同じということであった。



店長は私の地元兼自分の地元を


「あそこは暴力の街です。」
「センスが終わってるダサくてくだんない奴しかいない。」
「駅前にはブスのキャバ嬢と顔面が終わってるホストがはびこっている」
「俺の同級生もダサくてしょうもない奴しかいない。一生MRワゴンにでも乗ってろ」
「一刻も早く滅びてくれ」


とまくし立てるようにけなした。

自分が生まれ育った地元を100で貶される気分はどうかって?
めちゃめちゃ面白い。
やっぱり私は爆笑せざるを得なかった。

店長は心底地元を憎んでるらしかった。そこからもその文句は尽きることなく延々と喋っていれそうだった。

「この店にくるサブカル女子はなんにも本の価値を分かっていない」
「かわいい〜とか言ってパシャパシャ写真撮ってるお前は何にも可愛くない。たとえ外見は可愛かったとしても、中身がない。スッカスカの人間性。」
「#フィルター越しの私の世界 ってインスタのタグはなんだ。お前のフィルターの先には何にも広がっていない。無。」


店長の文句のテーマが店に来るサブカル女子たちにいったとき、一緒に話を聞いていた友人がしびれをきらして、「よし!!!!わかった!!!!買います!!!!」とおやすみプンプン全巻を店長の前に勢いよく置いた。
「本気っすか?」とジト目で彼を見る店長を横目にわたしは、まだ笑ってるのだった。



店を出て、重い漫画を抱えながら友人は「なんでこれ帰りに買いに来ますって言わなかったんだろ・・・」と後悔をしていた。私たちはジリジリと暑い日差しの中メインイベントの鳩の餌やりをするため、坂の上にある寺を目指していた。もっともな後悔である。


「あの人すげぇ人だったな」

と友人は言った。またそれと同時に「もっとあの人と見合う知識量をもってあの人と話がしたいな」と言った。

店長は色んなことを知っていた。聞くところによると驚くことに私たちと歳は2個くらいしか変わらなかったのだが、文学の知識も物事に対する知識も遥かに上をいっていた。それでいて色んなことを憎んでいた。




わたしは店長が言っていた地元の嫌いな所をぼんやりと思い出していた。

「センスがなくてしょうもなくてダサい奴しかいない街」

店長が言うことは全部その通りだと思った。

でも、わたしはそんなダサい街が好きだった。ずっと、この街で暮らしても構わないと思っているほどに。



店長と同じくらい色んなことを知ったうえでわたしはこの街のことが好きだと言えるだろうか。


嫌いなものが増えるのか、はたまた好きなものが増えるのだろうか。

結局ものはとらえようなのだろうけど、
わたしはたぶん悪口を言っている人が単に好きなんだろうなとも思った。



鳩は餌をあげると死ぬほど人懐こかった。餌があるわたしの手のひらだけでなく、腕にまで乗り、最高で3羽は乗った。正直鳩の面白さを舐めてた。メチャメチャおもしろいじゃん。と笑う私を友人はしたり顔で見ていて若干ムカついた。


楽しかったけど次この街に来る時のメインイベントは、あの店長の次なる悪口を聞くことにしたい。