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リハビリ人生

色々な文章を書きます。

私は宮崎あおいにはなれない

私の家の近くには川が流れている。



日本全国で上から数えた方が早いくらい汚い川で有名である。
何ヶ月かに一回ゴミの清掃活動が行われたりもするんだけど、それでも河岸にはいつもゴミと泡吹いて死んでる魚が打ち上がってる。
まあそれはもうドブ川である。

しかし、大きな川ではあるので、地元の一番大きな花火大会で使われると河川敷が出店でいっぱいになったりもする。いつもは、ランニングや犬の散歩などに励む人がチラホラ見られ、ドブ川の河川敷だが、この街にはなくてはならない存在である。


子供の頃、叔母の家族が飼っていた犬をこの河川敷によく散歩させに行っていた。
猫派だった自分の家では犬は飼っておらず、近くに住んでいた親戚である叔母家族と祖父母が犬を飼っていたため、犬を散歩させたい時はいつも頼んで散歩させていた。散歩させることが犬を飼う者としての義務にもなっていたため、私の要望はどちらの家族からもいつも快く受け入れられていた。

名前はミッキーとミニー。
ミッキーが祖父母の家で飼っている柴犬。
ミニーが叔母の家で飼っているゴールデンレトリバー
叔母家族がディズニーが好きというだけで付けられた安直な名前である。
ミニーはゴールデンレトリバーというだけあってめちゃめちゃデカかった。ミッキーよりミニーの方がめちゃめちゃデカいという自体が発生していた。人に説明すると二度聞きされるのが定番だった。
人懐っこくて元気なミッキーも、大人しいけど見た目が怖いミニーも私は大好きだった。

中学生の時、ミッキーが死んだ。寿命だった。
小学生の時から散歩させていたから、元気がなくなっていく様子を見て、そろそろなのかもしれないと子供ながらに思っていた。
身近で生活を共にしていた生き物が死んだのは初めてだった。その姿を見て、「ほんとに眠るように死んでいくんだなあ」と思ったのを覚えている。
ミッキーが死んでからも、私はミニーと散歩していた。

ある日、私は家族と何かしらの喧嘩をして、いろんなことが上手くいかないことにイライラして、夕方ミニーを連れていつもの河川敷の散歩コースを歩いた。

何で怒られたのかは覚えてないけれど、頑固だった私は自分の思い通りに物事が運ばないことでよく憤りを感じていた。(今も若干そういう節はある)


いつもと同じコースなので、いつも通りの橋の下で折り返してそろそろうちに帰ろうかなと思って折り返そうとしたら、ミニーが足を止めた。

ミニーはまだ先に行きたがっていた。

「でももう暗くなっちゃうよー」
と私は言ったが、ミニーは帰りたくなさそうにしてた。完全に記憶の中の世界だからほんとかよと言われたら何も言い返しはしない。

促されるがままに先を歩いた。



秋だった。
夏の暑さがだいぶおさまり、涼しい風が吹き抜け、私も長袖の羽織りをまとっていた。

河川敷の伸びた草は黄色になり、夕日を浴びてキラキラと輝きながら、風と共にユラユラとなびいていた。

それはまさにミニーの毛並みのようだった。



なんだか色々とどうでもよくなってきた私はiPodを持ってきていたので、その時大好きだったRIPSLYMEの「Dandelion」を聞きながら歩いた。

この曲のPVは宮崎あおい父親と喧嘩して家を飛び出す所から始まる。そして曲に合わせて河川敷を歩き、河川敷で色々なものを見てだんだん元気を出していくというようなものだった。

曲の調子に任せて足を交互に出すと、とても気分よく歩けた。



日は落ち、あたりはだいぶ暗くなっていた。
すると川の向こう岸の明かりや橋の上の車の明かりがどんどん灯っていった。
黄色、緑、青、赤、色んな色がピカピカと光って主張して、そしてそれが川に反射してユラユラ揺れて混ざっていた。


私はすっかり感動してしまっていた。
魚が死にまくってゴミが浮かんでるようなドブ川のくせになんでこんなきれいな景色作れんの。
いや、ドブ川だからこそこんなきれいだなって思うのか。

そんなふうに
一つ一つの明かりに生命を感じたりなんかして、「これが人生か」って思った。



14歳のくせに。何が人生だ

と今になって思う。






家に帰ると、門限を過ぎたことを親にこっぴどく怒られた。下唇噛み締めながら我慢して「門限過ぎなきゃ見れないモンだってあるんだよ」と思っていた。


そしてミニーは数日後、ミッキーの後を追うように静かに死んでいった。

最後に散歩したのは私だった。


ミニーが死んだのは連れ回した私のせいかもしれないって私は謝ったけど、叔母家族には「最近散歩させてなかったから、嬉しかったと思う。ありがとうね」と私の頭を撫でてくれた。

子供ながらに、「気を遣ってこのセリフを言われてるんじゃないかな」と思った。

色々な理不尽な出来事を一見誰も傷つかないような綺麗ごとテイストでありきたりな言葉を使って終わらせるのは私の得意技である。
でもだからこそ、「ミニーも幸せだったはず」とか、そんなことは言いたくない。
そんな大人に、私はなりたくはないのだ。

ちっぽけな経験でたやすく人生を語るような大人にも。きれいごとでうまくまとめるような大人にも。





まあ、ひとつ言える確かなことは、

いくら大人になろうと

私は宮崎あおいにはなれない。




RIPSLYME 「Dandelion」

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