リハビリ人生

色々な文章を書きます。

つぶやくということ

Twitterが好きだ。

小学生からずっと日記を書き続けていた。
TOKIOがその時から大好きだったので、大好きなTOKIOの絵を添えて、絵日記のような形式でその日あったことをキャンパスノートに書きまくっていた。

日記帳は全部取ってある。最初に始めたのは5年生の時。1冊目のノートの裏表紙には「絶対に見るな!見たらお前はどうなるか分からないぞ」という文がおどろおどろしく書いてある。なんて物騒な小学生だ。
別に中身は見られたって大したことがない。犯行予告が書いてあるわけでもあるまい。
その時の友達との会話。少し気になっていた男の子の話。
でも誰にも見られたくはなかった。

その中の文は私だけの文で、ノートの中は私だけの世界だった。

ブログという文化をわたしはあまり知ることがなかった。家にあるインターネットではTOKIOのファンサイトをめぐり、同い年の子が書いているTOKIOブログにいつもコメントをしていたというくらいだった。
のちのち、テキストサイトが流行っていたことを知り、リアルタイムで面白い人たちの文章が見れなかったことを死ぬ程後悔することになるのだが、私は私の中だけで大体のことを完結してしまっていた。

自作の漫画もたくさん描いていたが、姉くらいにしか見せなかった。小説も自分が書いて、自分で読む。
日記を誰かに見せるなんてもってのほか。
私の創作意欲は、私のためだけに使われていた。


高校の時、携帯を持つようになり、Twitterに出会った。
好きな文を好きなだけ呟く、というコンセプトが気に入って、すぐにアカウントを作った。
Twitterをするようになってすぐ、サカイエヒタさんという人を見つけた。
エヒタさんは今はライターをしている。(当時もしていたかもしれないが、その時の私には何をしているのか明確に理解出来なかった)
エヒタさんのツイートが大好きで、エヒタさんが運営しているアカウント、血液型bot、笠井あい、などは全部フォローして文字を辿っていた。大人っぽくて、でもたまに狂っていて、とってもカッコよかった。

その当時、同い年の子たちは大体mixiやデコログなどのSNSをしていたが、Twitterをやる子も少しずつ出てきていた。
そして、「〇〇もやってるんだ!フォローしていい?」と言われることも増え、私のTwitterのフォロワー欄は徐々に高校の友達の名前が埋まっていった。

エヒタさんの言葉で溢れていたタイムラインには、友達の日常だったり、恋の悩みなどが流れるようになった。
独り言のように、エヒタさんの真似ごとみたいな言葉をつぶやいていた私は、段々人に見られるということを意識して文を打つようになった。

時には、友達のツイートにリプライを送って、学校では話せないことをワイワイ話したりした。
自分のツイートを見た友達が、学校でそのツイートのことについて触れ、共有してもらった嬉しさに胸を踊らせることもあった。



楽しかった。




もうその時には日記はほとんど書いていなかった。




私は誰かに認めてもらうことが嬉しくなっていた。呟きを、書いた絵を、小説を。


自分の中だけで楽しんでいたノートの中から飛び出して、誰かと楽しさを共有する幸せに気づいてしまったのだった。




大学生になるともっともっと、Twitterは流行っていった。日常を楽しんでいるリアルが、そこらじゅうに流れていた。
私はそこに「誰かがいる」ということに慣れてしまった。


思えば、日記を書いていたあの頃の私は1人で生きるのがとてもうまかった。
好きなものが沢山あって、自分で楽しいことを見つけ出すのもうまかった。きっと誰ともつながれなくても、1人で楽しく生きていけたんだろうと思う。



独りよがりで閉じこもって、一人で解決してしまう私。


誰かの言葉に安心して、無意識に誰かを頼る私。



どっちが寂しくて、どっちが強いんだろうか。






そんなことは置いといて、最近リスト機能を上手く使いこなして、リアルの友達と、大好きなツイッタラーのツイートを分けて見て楽しめるということに今更気が付いた。


Twitterたっのしーーーーーー!!!!!




あの頃の私と、今の自分がどう違うとか、そんなことはどうだっていい。
ノートの中であっても、Twitterの中であっても、私は私でしかないのだ。
その事実をどう思うかも、自分次第でしかないのだ。
独りよがりだって、誰かに依存したって最終的な判断は、いつも自分に託されているのだ。



twitter.com

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一つだけ思うのは、またエヒタさんあの頃みたいなツイートして欲しいなってことくらいだ。

それだけ。