リハビリ人生

知り合いに「アケスケなブログ」って言われました。あけみって名前のスケバン?って思ってたら赤裸々って意味でした。

酩酊記2018

1年が終わる。
平成がどうのこうの言ってるみたいだが、元号が変わろうとそこまで私たちには影響しないしそうゴチャゴチャとあせらずとも良いと変わらず思う。心配しなくても皆いつか死ぬ。
年末のそわそわとした雰囲気にあてられてすっかり酔っている。今日は祖母の家にいる。うちの親戚はそこそこ仲が良く、正月じゃなくても毎週毎週10人近くの人間が家にいつも集まる。高校時代からの仲の良い女子グループに「お前の家族は異常だと思う」とハッキリ言われて、長年若干感じていた違和感を明確に他者から伝えられてハッとしたりもした。だからどうしたって訳では無いが、常々自分は甘やかされて生きているなとは自覚している。

ブログを始めて2年近くになる。
やっていて、自分の文章の善し悪しをそこそこ気づいたりもできた。元々人に「やってみたら?」と言われて素直に始めてみたブログだったけれど、始めた当初と比べて文章が少しずつ変わってきたりしてるとも思うし、始めて良かったと思っている。今年1年の記事を振り返って、1番スターを貰えた記事は、着地点を考えず推敲もせず手癖で書いた記事だった。なので今も大晦日に酒を飲み、手癖で何も考えずに書いている。どこに足が着くかなど分からないけど、どうか見守って欲しい。

それなりに言葉を必要とする職に就いている。どんな仕事でもどんな場面でも言葉は必要だとは思う。なんとなく「良い言葉を喋ることの出来る人間になりたいな」というのが私の夢だった。心に響く言葉を喋る人が本当に好きだ。私はオモコロの永田さんを本当に心から尊敬しているのだが、あの人の言葉は図太い芯があって時に下品な言葉を使うも、どこか品があって、読んでると人間としての根っこの魅力的な部分が溢れてるように感じる。
他にも色んな素敵な人を知る中で、言葉っていうのは誰にだって言うことは出来るけれども、人は言葉そのものを見てるわけでなく、言葉の奥にあるその人の人間そのものを見ているのだと気付いた。
なので、いくら色んな言葉を聞いて私がそれをそのまま話してもそれは言葉を誰かから借りてきただけに過ぎず、私の言葉ではない。名言を引用することは誰にだって出来るが、それを相手に納得させる力はその人の人間力にかかっていると思う。

人間力とはなんだろう。魅力的な人とはなんだろう。わたしはライターのおおきちさんのこともすきなのだが、おおきちさんは何かを極めた人間がとても好きだ。「面白い人間=何かを執拗に極めた人間」と思っているような気がする。確かに何かを執拗に極めた人間の話は面白いし、話を聞いてみたいと思う。その筋の変態であればあるほど「ヤバいなあ」と思うし面白いし楽しい。ヤバい人間の話を聞くのは楽しいし面白い。でも私はヤバい人間かと言われるとそうでもないと思う。何かのジャンルにおいてヤバいと言われるような人間になりたいけど、自分よりそれが好きな人間は絶対にいるし、そんな人間の存在を知ると少し億劫だなと思ってしまう。
率直に言うと自分は面白い人間ではないと思う。センスも良くないし発想力もないし文章もそんなに面白くはない。絵もそこまで上手ではないし、何かを極めている訳でもない。
ただ自分の良い所をあえて考えるとしたら、それを上に言ったようなことを自覚していることかなと思う。私が今立っている場所を理解することは辛うじて出来ている。魅力的な人間どうのこうの言ったけれど、そもそも自分はちゃんと人間であるかどうか自体怪しいので、私が今どこにいるのかを理解しているということで、及第点が欲しいなと思う。
あともう1つ自分の好きな所は、私が好きな人たちの好きなところをしっかりと言葉にできる所だと思っている。
これが出来なくなったら死のうと思う。

どうかどうか私の好きな人が幸せでありますように。わたしも少しは良い言葉を話せますように。トイレに行きたい。酔いも回る。わたしは人間じゃないと思うけどいっちょ前に欲はあるし、しっかりお酒でぐるぐる回るので、そこそこやっぱり人なんだと思う。それでも私は人間じゃないし、人生はリハビリです。それを何かの免罪符かのようにかざして、今日も。

サンタの筆跡をわたしは知らない

クリスマスが近くなることで行われるのが「サンタトーク」だと思う。「何歳までサンタさん信じてた?」とか「いつまでサンタさんきてた?」とか夢みたいな話を天気の話みたいな世間話の延長線でする。
別にその話題自体にそこまで興味はないけれど、相手の家の家族関係とか小さい頃の様子とかなんとなくイメージ出来るのでわたしは結構この話題を出す。

そして相手から私に話がうつったとき、絶対に驚かれる話がある。


忘れもしない。
小学校2年生の時だった。
クリスマスが近くなると、家の前の小さな木にイルミネーションを巻き付ける。遊びに行って暗くなってから家に帰ると、家の前がピカピカ光っていて、なんだか少し嬉しかった。
私にとって子どもの頃のクリスマスは、運が良ければケーキを買ってもらえてテレビがちょっと面白い日だった。そしてやっぱり何よりサンタさんからプレゼントをもらえるのは嬉しくてワクワクしていた。
24日。クリスマスイブ。
今日の夜寝たら枕元にほしいものが届くぞ〜と意気揚々と家に帰ると、母親が私を見つけて名前を呼んだ。

「あんた!サンタさんから手紙が届いとるよ!!!!!」

手紙?????そういうシステムなんてあった??

びっくりしつつもやっぱりテンションが上がり、姉と一緒に封筒をあけ、手紙の中身を読んだ。
サンタさんはどんな字をしてるんだろうとワクワクした。
わたしと姉の名前が冒頭に書いてあった。そしてその次の文章を読んで理解するのにわたしはすこし時間がかかった。


「きみたちはもう大きいから、サンタはもう来ません。プレゼントはお父さんとお母さんに買ってもらってね。」


そこにはサンタさんからのまさかの通達があった。

え、え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!?
なんで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!!
心の中で小さくなっていくジングルベル。

親は「すごいね!サンタさんから手紙きとるじゃん!!!」となんかテンションが上がっている。(お前がやったんだろというツッコミはその当時には出てこない。)いや、確かにすごいと思うし絶対に冬休み明けに学校で友達に話すとは思う。話すとは思うけど、サンタさんがうちに配達エンド通告をしてきたという衝撃の方が上回った。

そしてしばらくして「君たちはもう大きいから」の一言が気にかかってきた。「お姉ちゃんは4年生だけど、わたしはまだ2年生なんだけど・・・」という不満がふつふつ湧いてくる。わたしより2年も多くサンタさんからプレゼントもらえててずるい。

手紙のサンタさんの字は、汚いわけでも達筆なわけでもなくワープロで打たれた字だった。「せめて筆跡を残してくれよ・・・」
私はもう会うことのない赤色のジジイの筆跡に想いをはせた。

次の日の25日。
ずっと欲しかったローラースケート(当時めっちゃ流行ってた)を買ってもらった。嬉しすぎて車の中で履いてたら、なぜかそのタイミングで軽い衝突事故にあって、車に乗ってた家族は全員無傷なのに、わたしだけブレーキの勢いでローラースケートで思い切り滑って、前の手すりに思い切り歯をぶつけて歯が折れた。は?そんなことある?
ローラースケートを履いていたことと、事故にあったことと、うちの家の車が後ろの席に金属の手すりがついてるタイプ(なんか分からんけど目の前にバーをおろす感じの手すりがついていた)だったということが、全部重ならないと起こらない事故だった。

私は血まみれになりながらローラスケートで車を降り、降りた瞬間また滑ってこけた。
相手の車の人物は私を見た瞬間完全に真っ青になっていた。そのまま睨みつけて、光GENJIばりのローリングを見せて「これがお前のしたことや!!」と泣き叫んでトラウマを植え付けてやろうかと思ったけど、立ち上がろうとしてもっかいこけたので、お姉ちゃんにローラースケートを外された。

サンタからの手紙はめぐりめぐって私に血まみれのクリスマスを用意したのだった。

そんなわけで毎回この話をすると驚かれるのだけど、その次の日事故って血まみれの光GENJIになったことまで話すと「作り話??」と疑われるので、いつも手紙が来た所までしか話してない。いたもん。血まみれの光GENJIいたもん。



平成最後の12月25日。
わたしもそこそこ歳を重ねた。
親とは毎日ビールを一緒に飲むようになった。ふと、あの手紙のことを尋ねたくなった。

「わたしが子供のとき、サンタさんから手紙届いたじゃん?あれ、なんだったの?」

すると母親は明らかにしどろもどろになりながら口を開ける。

「いや、サンタはサンタでしょ・・・なんだったも何も無いよ」

めちゃくちゃしどろもどろになっている。
え???ここにきて隠す???
私も24歳である。そこそこいい年齢になった娘に、いまだにサンタの全貌をあかそうとしない母親にこども扱いされてるのかと変な気分になった。

その後何分かしつこい攻防を繰り返した結果、話してくれた。

「ふつう、サンタっていつか歳とって自然といないって分かってくるでしょ?
だからあんた達にはまだサンタを信じてるうちに手紙がきたって思い出をあげて、サンタからのプレゼントを終わりにしときたくてさ。」

サンタからの手紙は、思わぬ母親の優しさがあった。なんだか少しズレてるような気もするけど。
確かに世の子供たちが大人になって自然とサンタからフェードアウトしていく中、わたしは手紙がきたという思い出とともにサンタさんから卒業が出来たのだった。

それを聞いて、大人になった娘からいざ手紙のことを聞かれて、とっさにはぐらかしてしまった親の心境もなんとなく分かる気がした。


親が与えた少しズレた優しさのおかげで、わたしには「サンタから手紙が来た」というクリスマス用の小さな持ちネタがある。

ローラースケートはすぐに飽きたし、手紙もどこにいったか分からないんだけど、あの無機質なサンタの字はなんとなくずっと覚えているのだろう。

オジサン暗闇脱出ゲームの攻略法

スマホの普及でインターネットがより身近になり、今では誰でも自己表現がしやすい時代になっている。自分の特徴の中で何か一つでも秀でたものがあれば、誰だってスターになれる。そんな時代になってきた。
そこで最近流行っているのが「配信アプリ」だ。

少し前に私も生配信アプリなるものにハマっていた。だれでも「ライバー」として生配信ができるアプリだった。ちなみに配信をする方ではない。私は声質があまり良くないし、動画などで自分が喋ってるのを見ると「早口で顔が長いオタクが口をひん曲げながらしゃべっている!!ボケが分かってもらえなかったから同じボケを3回連続で言って友達に『聞こえてるし別に面白くないよ』ってたしなめなられている!」としか思わないので、私はライバーとしてチヤホヤされる希望をはなから放棄していた。

となるとそう、わたしはチヤホヤされる側でなく、ライバーの女の子を全力でチヤホヤするのにハマっていた。


(ここからしばらくただ私が「配信アプリにハマっていた」ということを説明するためだけの気持ち悪い文章が続くので「本題にうつる」まで読み飛ばしてもらっても大丈夫です)

 

「しらぽんちゃーーーん!また来てくれたんだね〜!!」
画面の向こう側の女の子は私の目を見ながら笑う。間違いなく私の目を見て喋っている。しらぽんとは白子ぽん酢という私がそのアプリで使っていたハンドルネームである。(余談だけどお酒に合う食べ物が好きなので私がネットで使ってる名前は全部美味しそうです)
最初に始めたのは応援してるラジオのパーソナリティがそのアプリを始めたからだったが、元々可愛い女の子が好きなので、女の子の配信を見ていくうちにドハマりしていた。

「わぁ!しらぽんちゃん!すごーい!!ありがとうー!!!(拍手の音声)」

画面の向こう側の女の子が喜んでいる。画面ではそのアプリの公式キャラクターが光るサイリウムをもって踊っている。
わたしは金の力でソイツを召喚して踊らせていた。
配信アプリはいわゆる投げ銭のような仕組みでライバーを応援することが出来る。投げ銭されたポイントが多いほど、応援している女の子はランキング上位にあがることができる。
人生の価値は何本のサイリウムを好きな女のために振ったかどうかで決まる。ときめきのプリズムは金の力で手に入れるのだ。
おいお前!もっと真面目に振れサイリウム!なんだこの公式キャラクター!!異形のコアラみたいな風貌しやがって!!驚愕の可愛くなさだな!!!!!!

 

 

本題にうつる。(ここまで読み飛ばした皆!正解だよ!)

 

その女の子の配信で、私はあるオジサンの存在が気になっていた。

「今日も〇〇ちゃんが一番かわいいね😊😊💖💖」

オジサンのコメントはいつも人一番光っている。オジサンはこれでもかというくらいに絵文字を使う習性がある。バブル崩壊リーマンショック、様々な時勢の荒波を超えてきた男たちは、絵文字の気持ち悪くない使い方を覚えずに今日まで生きてきた。

そのオジサンはその子を死ぬほど応援していた。アイコンはその子の顔写真にし、日々サイリウムを振り続けていた。その子の配信で一番金を落としているのはそのオジサンだった。
金を落としているからこそいつも女の子はそのオジサンにちやほやするし、相手もする。オジサンとしては満足のはずである。

「よし、じゃあそろそろ寝るね‼️おやすみ‼️🤩🤩🤩」

オジサンがそうコメントを残すと、女の子は「あ、寝るんだね!〇〇さんおやすみなさい、また遊びに来てね♪」と画面に向かって言ってくれる。
しかし配信を見ていることを示す、頭上のアイコンのマークにオジサンは居続けている。
そしてしばらく経ってからいきなり異形のコアラにサイリウムを振らせて「あれ!〇〇さん寝てなかったの〜!ありがとう〜笑」と女の子に言わせる。そしてまたおやすみを言わせる。
このやり取りを毎日数回繰り返しやっている。


だっっっる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


見ている側からしてもメチャクチャだるい。
オッサンが「おやすみー‼️」と言い残してから無言で配信画面を見続けているのを想像すると怖すぎる。なんなら結局毎回その子が配信を終えるまで居続けてる。確実に女の子の「〇〇さんおやすみなさい」が何回も聞きたくてやっているのだ。れっきとした罪である。強制おやすみ罪で書類送検である。

 


「今日、俺も配信しちゃおっかなー‼️🤓」


ある日、そのおやすみ言わせオジサンはコメント欄にそんな言葉を残した。女の子は「そうなのー?いいねー!」と言いながら「見に行きますね!」とは一言も言っていなかった。そりゃそう。
そんななか、私はオジサンとなんやかんや配信のコメント欄上でお互い挨拶を交わす仲だった。常連であると共にその子の配信は基本視聴者が男性だったこともあって、私のような女がいるのは珍しかったというのもあるかもしれない。オジサンからフォローを受け、わたしもオジサンのアカウントをフォローしていた。

その子の配信が終わり、しばらくしているとオジサンの名前と共に「配信を始めました」という通知がスマホの上部に上がってきた。

いつもあの子にダル絡みをしているオジサンはどんな顔でどんな声をしてるんだろう。
私は軽い好奇心を持って、オジサンの配信部屋に行くことにした。

 


アイコンをタップするとそこにはただ暗闇が広がっていた。


「ひょ」


思わず怖くて変な声が出た。

帰り道配信など、暗い画面での配信も無いことは無いが、一切の光がない配信部屋だった。
そして閲覧者を示す数字は1。
その真っ暗な部屋には私とオジサンしかいないのだった。

「こんにちは‼️」

しばらくするとコメント欄にオジサンからコメントがきた。

「すいません今😭😭💦💦」
「マイクの調子が悪くて声が出せないんだけど💦💦」

うそつけ。
なんかわからんけどうそだと確信した。はなから自分の声を出す気はなかったんだと思う。とりあえず「全然大丈夫ですよ〜」と返した。
それにしても話すことがないし、暗いの二重苦である。でもすぐに退室するのはなんだか申し訳ない気がして、出るに出られない。

もし私が来なかったらこの真っ暗な部屋で一人で何分間配信をするつもりだったんだろうか。一人暗い部屋で待っているおじさんのことを考えると怖くなってきた。
そんで喋ることもない。何喋ればいいんだよ。


その時、一瞬だけ部屋のあかりが点いた。


見えたのは、和室と思われる部屋の壁、本棚、そして

 

オジサンの生足だった。

 

いやなんで?
なんでオッサンの生太ももを見せられた?
そしてまた暗闇に閉じ込められた?
なんで?

「ごめんごめん〜😝😝一瞬部屋の明かりついちゃった!!」
と謝ってくるオジサン。
いや、部屋の電気はつけててくれ。
ずっとつけてるのが正解。
一瞬つけて生の太ももが映るのが不正解。
それがオジサン部屋クイズの答え合わせ。


そこで考えて、オジサンがいつもおやすみを言ってもらうために試行錯誤をしているという事実から、このオジサンはこの状況も楽しんでるのではないか?という気がしてきた。
配信をしている推しの女の子ではないが、一応若いメスだと認識している女が自分の部屋にやってきて、2人でお話をしているというこの状況。
なんなら太ももも映りこんだという訳ではなくわざと見せてきたのかもしれない。


というかこの人下着履いてるのか。

あ、今考えたのは無しで。考えたらいけない領域に今踏み込んだ。


色々なことを考えて、私はこの部屋から脱出するしかないという結論に達した。オジサンと二人きりの暗闇密室配信。この脱出ゲームあなたならどうしますか?
暗闇を明るく照らす光、あなたはなにを使いますか?

 

未来を切り開くのプリズムは、自分の力で手に入れるのだ。

 

私は自分の課金したポイントを確認した。

そして光るサイリウムでその部屋を照らしたのだった。
この部屋を脱出する鍵はサイリウムだったのだ・・・。


オジサンはポイントがもらえて嬉しそうにしており、その隙に「また来ますね〜✌🏻️」とコメントして配信部屋から出て行った。それ以来もう行くことはなかった。

思えば別にさっさとボタンを押してすぐに出ていけばよかったのだけれど、上がり込んで何もせずに立ち去ることがなんとなく私には出来なかった。毎日同じ配信部屋で顔を合わせてるという積み重ねが、そうさせたのかもしれない。

 

そのあと、しばらくしてあまり配信は見なくなり、わたしのスマホからサイリウムをふっていたキャラクターのアイコンはなくなった。

 

承認欲求の行き先は虹色のサイリウムになって、女の子を輝かせる。


オジサンが私があげたポイントでレベルを上げ、私の代わりにあの女の子のためにサイリウムを振っていることを想像して、なんとも言えない気持ちになりながら、部屋を暗くして今日もまぶたを閉じるのだった。

ブログ老害への道

ブログを書き始めてもうすぐ2年くらいになります。
なかなかテキストのみで書いてるブログが少なくなってきている中で、イラストや写真を使うことなく文章だけのブログを続けたいなと思い、ちまちま細々と更新しておりました。

そんな「リハビリ人生」がこの度・・・

 

hyenasclubs.org


ハイエナズクラブ自由研究2018で紹介していただけました!!!!!
今回ハイエナズクラブ自由研究では、個人ブログやサイトそのものを評価していただけるということで、「今こそハイエナズクラブというインターネットの公園でトレンチコートを脱ぎ、私のささくれたった人生をお見舞するときだ!!」と露出狂マインドを胸に、ブログを応募させてもらいました。
統一性やテーマを持って何かをやり続けているサイトではないので、賞を取るのは難しいかな・・・と思っていましたが、ハイエナズクラブの大好きな方々に審査していただけるという時点で、わたしの露出狂マインドはビンビンに満足することが出来ていました。そう思っていたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

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zukkiniさんにブログをこんな嬉しいお言葉を添えて紹介していただきました。
わたしはzukkiniさんのテキストが大好きで、ブログを夜な夜な読み漁ってはzukkiniさんの生に思いを馳せる日々を送っており、また日本に帰ってきて街中の酒をひっかけ回すライフを歩んで欲しいと待ち望んでいる、3文字で分かりやすく表現するとファンなのですが、そんなzukkiniさんから「ブログ老害になれ」というお言葉をいただけたのが本当に嬉しかったのです。

 

わたしはインターネット古参オジサンに憧れています。
ここで言うインターネット古参オジサンとは、インターネットの黎明期からインターネットで遊び、インターネットの笑いで日々を謳歌してきた方々のことです。俗に言うテキストサイトの方々もそれに当てはまるかもしれません。
インターネット古参オジサンたちは「あの頃のインターネットは・・・」と言ってはるか昔のホームページの話をします。自分たちにしか分からない掲示板の話でキャッキャウフフします。
私にはそれが羨ましくてしょうがない。どう頑張ってもわたしはインターネット古参オジサンには慣れないのです。わたしはインターネット古参オジサンのオフ会には参加出来ないのです。
テキストサイトというメチャクチャ最高の文化があったと知った時には、もう日記ブログの文化はほとんどインターネットからはなくなっていました。


郷に入っては郷に従え。ギャルはTikTokで踊れ。
そのときどきの時代に合った生き方で楽しみを見つけていくというのは、生きる上で大切なことだと思います。

それでも私は日記を書きたい・・・。
笑いは取れなくてもいいから、文章だけで日々を綴りたい。たまに笑いはとりたい・・・。

と思って今でも日記をちまちまと書いております。
ブログ老害・・・
この称号を私はまだまだ手にすることが出来ない。
これを手にすることが出来る日まで、文章を書くぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 

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ぎゃっ!!!!!!メンヘラの長々LINE攻撃だっ!!!!!!


失礼しました。いきなりメンヘラの長々LINE攻撃を見せてしまいました。
わたしがzukkiniさんからコメントをいただいて喜びを噛み締めている中、わたしのスマホの上の部分ではメンヘラの文字が踊っていたのです。
最近ずっと幼馴染のメンヘラが彼氏とつまらない喧嘩をしている件について相談を乗っていたので、そのことだろうなとすぐに察しました。
「なんだよ今忙しいんだよ!!!!!!!!!!!!」と耐えきれなくなりLINEを開いたらあまりの長さに小さく「ひっ」といってしまいました。

このスクショ分の長さ×4の文章がそこにはありました。
壁でした。
わたしが喜んでいるさなか、戦争中の国を分け隔てるがごとくのメンヘラの壁が出来上がっていました。
メンヘラの壁には「彼氏がインスタで他の女の投稿にいいねをするのが信じられないくらい耐えられない」という文言が刻まれていました。すこぶるどうでもいいねと思いました。

なんとか頑張って文章を読み込み、「相手に見返りを求めて辛くならないようにね」と返信をすると、「どういうこと?なによーるかむずかしいわ」と返ってきました。彼女には「見返りを求める」という言葉が難しすぎたらしいです。

その後もやりとりは続き、私が何を送ってもメンヘラの壁を築き続けるのでしばらくほっておいたら、ハッとしました。


インターネット古参オジサンたちには、「改行はしなければしない程カッコイイ。いかに壁のような文章を作って笑わせられるかが勝負」みたいな文化があったと聞きます。
何時間か後に最後に送られてきたメンヘラの壁には、喧嘩の話からそれて急に家族の話へとび、また結婚の話へとび、最終的にいきなり「やっぱり〇〇に話したらスッキリしたわありがと」とわたしへの感謝で幕を閉じていました。

なんたる自己完結能力!!!!!!
そしてわたしの存在価値の薄さ!!!!!!

腹が立つを通り越して、わたしは彼女のLINEをいつの間にか尊敬の眼差しで見ていました。


ブログ老害の道はまだまだ遠い。
まずはこのメンヘラの壁を壊すところからわたしの一歩はスタートする。

カーテンから漏れる光、悲しい鳴き声

誰しも記憶の中に子供の頃の少しえっちな体験があるのではないかと思う。その時はよくわからなかったけど、「今思い返すとあれって・・・」と考えるやつだ。


当時私は小学校低学年だった。その頃の私は内気さに磨きがかかっており、友達の前で自分の言いたいことを言うのがとても苦手な子供だった。お姉ちゃんの後を金魚のフンのようについて行っていたため、自分の友達よりもお姉ちゃんの友達との方が遊んでいたし、楽しかった。
近所で大きな犬を飼っている可愛い子に、私が「DSを持っているから一緒に遊ぼう」という理由で初めて遊びに誘われた時、家に帰ったらDSがぶっ壊れていて、子供ながらに「DS亡き今、彼女にとって私はなんの価値もない」と劣等感の最骨頂を見せて、泣きながらお腹が痛いふりをして断りの電話をいれたのを覚えている。


そんな時、何回か遊んだことのある子に家に誘われて私ともう一人の子で遊びに行ったことがあった。

冒頭の話に戻る。
ここからが私が体験した子供の頃のえっちな体験である。

その子の部屋で私たちは「大人のおままごとをしよう」という話になっていた。
何が大人なのかの区別は私にはよく分かっていなかったが、小学生にしてはどこで覚えてきたか分からないような、離婚の話だったりとか夫が仕事の愚痴をこぼすだとかリアルな夫婦生活を演じるというものだった。

きゃっきゃきゃっきゃと楽しく遊んでいたのだが、急にカーテンを閉め切って布団の中に入って「じゃあ寝ようか」と友達は言った。

二人はベッドの中に全身潜り込んで、何かコソコソ話していて何やら楽しそうだった。
時にはベッドがきしむように揺れて、何か動いていたりもしたようだった。


やたら第三者視点で語っていることに気づいていただけたであろうか。

そう、私はその時のおままごとで犬になっていた。正確にはゴールデンレトリバーのぺろちゃんになっていたのである。


ぺろちゃんこと私はご主人たちが何やら楽しそうにしているのをベッドの隣で見つめていた。カーテンの隙間からはまだ明るい陽の光がキラキラとこぼれている。


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
めっちゃひま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



そう思ったぺろちゃんはご主人たちが入ってる布団をめくろうとした。すると妻役の友だちが「きゃっだめよぺろちゃん!今はあっちいってて!」と諭してきたのだった。


え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
だめなの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????


二人は楽しそうだった。
なにか身体をつつきあってるらしく「きゃっやめてよ〜」という声も聞こえてきた。
SEXの真似事をしてるのであろう。
とはいえSEXがいかようなものなのか詳しく知っている者はその場に誰一人いなかったのだ。「ベッドの中で体をつつき合う」というのが彼女たちが考えたSEXの形だったのだろうと思う。

近くで彼女たちのくぐもった声を聞く私は、そのいやらしさの何たるかは理解していなかったが、なんとなくその行為のいやらしさは感じ取っていた。

結果的に横で見ている私はどういう反応をするのが正解だったのだろうか。


「くぅ〜〜〜ん・・・・・・」


とりあえず、切なそうに鳴いた。
今思うと主人の交尾を目の当たりにした犬の反応として「くぅ〜ん」は結構正解な気がする。

「おいらにもぺろぺろさせろぺろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」と言いながらまぐわいにこっそり入るのも及第点くらいもらえるかもしれないがその時には思いつかなかった。
遊びから置いてけぼりにされてしまった疎外感。その遊びの不健全さに対する精神的居心地の悪さ。カーテンから漏れるオレンジの光を見てもう一度私は「くぅーん」と鳴いた。


小学校低学年にして、主人のセックスを目撃する犬の経験をわたしはしたのだ。人生において経験できるかは分からない犬の疑似体験。
これがわたしの幼少期におけるちょっとえっちな体験である。
皆さんもこれから生き物を飼うことがあったら気をつけて欲しい。
もうあんな悲しい声で鳴くのはわたし一人で充分だから。



ところでわたしが寝盗られもののAVが好きなこととこの一件って何か関係あったりします?

パンケーキを可愛く食べれる残り時間

最近24歳になった。
相も変わらず大人と子どもの境目なんて分からないけれど、付き合う人間が限られるようになったのは歳を重ねていったら証拠なのかもしれない。


「ごめん遅れる」

約束をしてる2人から連絡が来てわたしは珍しく「待つ側の人間」になった。いつも私は支度が遅く待たせる側になってしまう。待つ側の人間は自発的に何かしない限り誰かを不快にさせることがおそらくないので非常に気が楽だ。「りょりょ〜ん」という伸ばし棒のニョロニョロに、私の呑気さのありったけを詰めた。

先に合流したのは理性ちゃんだった。
理性ちゃんというあだ名は今つけた。頭が良くて丁度いい言葉を探すのが得意な子だけど、根っこの部分は倫理観がないみたいなことを自分でいつも言っている。倫理観が0だった幼少期のエピソードを酔うと話してくれる。いつもは理性で人間のあるべき姿を保っているので理性ちゃん。理性ちゃんは「今日午前中にジムの体験予約をいれていたのに寝坊で完全にすっぽかしたし、連絡もまだ入れてない」と私にビクビクしながら伝えてきた。理性で抑えきれぬ怠慢さがすでに見え隠れしている。私は彼女のそういう人間くさいところが好きだ。
「きっとジムのマッチョは優しいから今連絡しな・・・」と後押しをして、連絡するとやっぱり優しいマッチョが出たらしい、簡単に次の体験予約をいれていた。マッチョは大抵優しい。

私たちは食べると幸せになれるらしいネーミングのパンケーキ屋の列に並び待っていた。今日の第一ミッションであった。すると、すずめちゃんが申し訳なさそうに遅れてやってきた。すずめちゃんは過去ブログで書いたことのある友達だ。
待っている間に「キリンは寝る時に首を折り畳んで寝るらしい」という豆知識をすずめちゃんは披露してくれた。何の流れだったかも忘れたが、写真を見るとキリンは長い首を確かに折り畳んで、想像以上に小さく丸くなって寝ていた。わたしはてっきり足も首もそのままフィギュアが倒れたみたいな姿で横になってると思っていたことを告げたら「足腰の骨のつくりが頑丈すぎる」と言われた。


そうこうしてるうちに、いつもは行列に並ばないと入れないその店に私たちは運良く数分の待ち時間ではいることが出来た。

女の子はパンケーキが好きだ。甘いものを見るといつだってワクワクする脳内物質が出るように仕掛けられている。メニューを見ながら、パンケーキを選ぶ。
「パンケーキ屋のメニューのご飯メニューの美味しそうさは異常」という談義に花を咲かせながら、各々甘くて美味しそうなパンケーキを選んだ。

パンケーキを待っている間は、すずめちゃんの会社にいる「朝礼の挨拶で毎回しじみの効能を話すオジサン」の話を聞いていた。ヤマもオチもなく、ただしじみの話をするらしい。あまりに脈絡がなさすぎる。


パンケーキが到着すると、そのふわふわな厚みに目を奪われた。ひと口食べると卵の甘みが口に広がった。これぞ幸せだった。しじみジジイのことは忘れ、私たちはパンケーキの美味しさを噛み締めたのだった。
パンケーキを美味しく楽しんでいるこの瞬間、わたしたちは何歳であっても乙女なんだと思った。

 

ただ、可愛い乙女でいれる時間はなぜか年々少なくなるのである。

「・・・・・・・・・きついな・・・・・・・・・」

誰からともなくその言葉を口にする。
パンケーキは3分の1残っている。

「ちょっとそのバナナちょうだい」
「そのかぼちゃのソースくれ」

各々が自分の皿に乗っていない味を求めだす。
もう完全に甘みがいらなくなっている。
あんなに求めていた甘い刺激が、私たちの胃を苦しめている。

「クリームの下に残りのパンケーキ隠していいかな・・・」

挙句の果てにはそんなことを言い出すのだった。

「隠そう隠そう」

「もううちの地元の郷土料理ってことにしよう」

落書きと暴力が蔓延るうちの地元の郷土料理。乙女の食べ残しパンケーキ隠し。

新たな郷土料理が誕生しそうになりつつ、わたしたちは水で流し込むように残りのパンケーキを食べたのだった。
パンケーキは間違いなく美味しい。
ただ、私たちにパンケーキを受け入れるだけの乙女力が足りてなかっただけなのだ。
この場に悪い人間はいない。


パンケーキ屋を出てすぐ私たちはマックに向かい、気が狂ったように塩分を摂取した。
あんなに美味しいチキンナゲットは初めて食べた。
「恐らく思うにこれが1番正しいマックの食べ方」と私たちの中で結論もついた。
あまりにも美味しかったので店を出ながら「あー美味しかった・・・」と上質なランチを済ませたかのような呟きをしてしまった。


マックの後、時間の潰し方が分からなくてしばらく街を放浪したあと結局カラオケに行くことになった。「結局高校生からなんにも変わらないね」なんて笑った。

夜、お目当てのシーシャを吸いに、私の友達がやってるBARに行った。
お酒を飲んだ時にやったら楽しいことを全てやった結果とても楽しくなってしまった。
0時を超えた時、3人で「終電なくなっちゃった〜」と例のやつを言ってみたのだが、「そうだね〜」「ないね〜」と共感し合うことしかできず、女3人で終電逃しちゃった奴をしても、ただ困っている人たちにしかならないという気づきを得た。

その夜はお酒の力で理性ちゃんの理性がほんの少しなくなり、椎名林檎の丸の内サディスティックを3人で歌いながら家に帰った。


遊び方は高校生とほとんど変わらないけれど、少しお酒が飲めるようになって、甘いものを食べて胸焼けをするようになった私たちのスクリーンに24歳という文字が光っている。

乱交パーティは体育館で行われない

 

夢日記をつけてはいけないという話を私は信じている。

毎日起きた時に見た夢を記録することによって、自分の意識の上で夢と現実との境界線があやふやになってしまい、どこまでが夢の話だったか現実だったか分からなくなって発狂してしまうらしい。
いつだったかその話を耳にして、絶対に夢の内容を記録するのはやめようと心に誓っていた。
しかし、今日見た夢はどうにも印象的で忘れることが出来ないので、あえてブログにも留めておきたいと思う。

 

今日、夢の中で私はなにもかもがどうでもよくなってヤケクソで大規模乱交パーティに参加していた。

どうヤケクソになろうとも「いっちょ乱交しにいくか!!」とはならないと思うのだが、様々な過程をすっ飛ばして大規模乱交パーティに参加していた。


会場は体育館のようなところで、開始前に何やら主催者なのか取り締まっている人間なのかが注意事項のようなものを話していた。が、中には話を聞かずにちちくり始める輩も出ていて「真面目に話を聞きなさいよ!」とドスケベ委員長ことわたしは怒っていた。かくいう私は話の内容を全く聞いていなかった。聞けるわけがない。

いつ話が終わったのかもよく分からないが、パーティはいつの間にかスタートしており、あれやこれやと周りの人間が情事に及び始めた。私はといえば、乱交パーティに参加しているにも関わらず完全に怖気付いて「どうして会ったばかりの他人の性器及びその他もろもろを触らないといけないのか」という乱交以前の初手の疑問を今更感じていた。やる気をすっかりなくした私はバレないように人と人の間をすりぬけてやり過ごそうとしていた。

その時、わたしの手を引く者がいた。

「しまった!!!乱交に混ざってないのがバレた!!!殺される!!!!」

わたしはそう思ったが、手を引いたものを見て思考が停止した。
筋肉ゴリゴリの巨根のオカマがそこに立っていた。

びっくりした私の顔を見て「んふ」と笑っていた。

そして準備運動なしで巨根を私にぶち込もうとしていた。

 

耐えられなくなった私は声にならない声で泣き出して、
「すいません、慣れてないんです!!!すいません!!!こういうの慣れてないんです!!!!」
と全力で謝った。

するとオカマは「んま〜〜〜〜〜〜〜♡♡」となんだか喜んでおり、そのまま私の手をひいて「分かったわ♡まずお風呂でも一緒に入りに行きましょ!」と言って会場を出て、会場に隣接されている大浴場に連れていった。

 

しめた!!!!ここだ!!!!

 

わたしは乱交パーティから脱出するのはここしかないと考え、オカマを先に風呂にいれた瞬間、全速力で会場を抜け出し、身を潜めようと近くのカフェに入った。
すると、カフェの店主に「すいませんここ、シンガポール人専用のカフェなんで・・・」と言われて断られた。シンガポール人専用のカフェってなに!?と思いながら、なんとか説得を試みていたらカフェの窓から見えてしまった。

 

筋肉ゴリゴリ巨根のオカマは馬鹿でかいハサミを振り回しながら「どこじゃああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」と私のことを決死で探していた。

 

 

 


というところで目が覚めた。
起きたらなぜかバンザイのポーズを取っていた。全然バンザイではない。


この先、現実世界で私が巨根のオカマから泣きながら逃げ回っていく所を目撃したら、「夢日記をつけるのはもうやめろ、あと乱交パーティには行くな」と説いてやってください。